SSブログ

伊藤哲夫氏への異和(『日本会議の研究』を読んで) [政治]

昨日「風の谷のナウシカ」舟山やすえちゃんを書いたあと、『日本会議の研究』にとりあげられた重要人物のひとりである伊藤哲夫氏に読んでいただきたいと思い立ち、アマゾンにレビューしてきました。かなりの部分、昨日の記事とだぶります。

 

------------------------------


伊藤哲夫様

 

すっかりご無沙汰しております。伊藤さんが「安倍首相の筆頭ブレーン」として詳しく紹介されている『日本会議の研究』を読み、いろいろ懐かしく思い起こしております。15年ぐらい前のことですが、日本会議山形県支部発足の会で司会を務めさせていただいたこともありました。伊藤さんと最後にお会いしたのはちょうど10年前、平成183月の「立ち上がれ!日本」ネットワーク山形支部の設立の会合でした。あの時、伊藤さんのお話に異和を感じて質問させていただきました。「日本本来の保守の立場」とは何なのかを考えるきっかけになったものでした。その後の第一次、第二次安倍政権成立、伊藤さんの陰ながらの御尽力を思いました。とりわけ第二次安倍政権において繰り出される施策の数々に伊藤さんの熱い思いを感じ取っていました。しかし正直申し上げ、最後にお会いした時の「異和」の感じは膨れ上がる一方でした。


私たち世代はいろんな場で言いあい、議論をしたものでした。はじめっから丸く収めようなどとは決して思いませんでした。みんな言うだけ言いあえば、そこからおのずとひとつの道筋が見えてくる、けんか腰もありましたが、最後はちがいはちがい一致は一致でそれはそれ、たしかな魂のふれあいがありました。そうした言いあいの蓄積がひとりひとりの活力にも世の中全体の活力にもつながっていったのだと思います。

 

実はそうした思いからすると、施策のどうこう以前に、安倍首相の姿勢ががまんなりません。議論にならないというより前に議論しようとはしないのです。言いくるめる、はぐらかす、その場を切り抜けることしか考えていない。魂の在処がみえません。フクイチの現状を「アンダーコントロール」と言いくるめ、「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない」はずが、そんなことは忘れた振りでむしろTPP実現推進に様変わり、「経済第一」の行きつくところの軍事力増強、そのための安保法制、九条破棄、その先にあるのはいよいよ宗主国アメリカ様言いなりの「戦争のできる国」。「アベノミクス」「三本の矢」も所詮お題目、暮らしはさっぱり豊かにならず貧しさに向っているのが正直な実感、ごく一部の富裕層と残りの貧困層、中間層がぬけ落ちて二極化の進行です。伊藤さん、どっかで間違ったんじゃあないですか。かねて伊藤さんたちが唱えられ、私も共感していた「日本再生」どころか、大切な日本が足もとから壊れているんじゃあないですか。


伊藤さんを思い起こしながら2年前に書いた文章があります。


続きを読む


nice!(1)  コメント(7)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

レーガン以来の歴史の流れ(Paul Craig ) [政治]

このところ、マスコミに載らない海外記事に目を凝らしています。とりわけPaul Craig 氏。この記事もどこかのコメント欄にメモっておこうと思ったのですが、大きな流れをつかむのにいいので、1本の記事にしておきます。


レーガン、パパブッシュによる米ソ冷戦解消、ドイツ再統一、しかしその後ネオコンと組んだクリントンによる冷戦再開、そこに起因する中露連携、そうした流れの中で翻弄される日本の現状、そうしたことがよく見えてきます。結語は、ヒラリー大統領候補に対する一刀両断です。(Paul Craig Robertsは元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者)


紹介の「海外記事」につづく、紹介者のコメントも大変興味深いです。元記事必参照


       *   *   *   *   *

マスコミに載らない海外記事


2016年4月19日 (火)


アメリカ・ネオコンは、いかにして平和に対する人類の希望を破壊したか    

 Paul Craig Roberts     2016年4月18日


ロナルド・レーガンが、ネオコンに背を向け、解雇し、連中の一部を告訴して、彼の政権はネオコンの悪の影響力から解放され、レーガン大統領は、ソ連のゴルバチョフ大統領と、冷戦終焉交渉をした。連中の予算、権限やイデオロギーが、核超大国、二国間の和平見込みによって脅かされるので、軍産複合体や、CIAや、ネオコンは、冷戦を終わらせるのに大反対だった。

私は関係者だったので、これを知っている。ソ連に冷戦を終わらせることに合意させるよう圧力をかけるべく、不振のソ連経済に、新たな軍拡競争の脅威をもたらすための経済基盤を作り出すのに、私はレーガンに協力し、CIAに対する召喚権限を持った秘密の大統領委員会の委員に任命された。秘密委員会は、レーガン大統領から、ソ連が軍拡競争で勝つだろうというCIAの主張を評価する権限を与えられていた。秘密委員会は、これは、冷戦とCIAの重要性を永続化させるための、CIAの手口だと結論づけた。

ジョージ・H・W・ブッシュ政権とジェームズ・ベーカー国務長官は、レーガンのゴルバチョフとの約束を守り、NATOは、一インチたりとも東に拡張しないという約束でドイツ再統一を実現した。

富を貯め込むことが人生の主目的である腐敗したクリントンは、冷戦を終わらせるのに、アメリカ合州国がした約束を破ったのだ。二人の傀儡大統領 - ジョージ・W・ブッシュとオバマは - クリントンに習って、アメリカ政府の支配をネオコンに奪われ、歴史が、世界に対する覇権を行使するようアメリカを選んだという傲慢と尊大を信じ込んで、すぐさま冷戦を再開した。

これはアメリカ指導部とともに失われた、世界人類の平和への好機だった。ネオコンの影響力の下、アメリカ合州国政府は、ソフト・パワーと、それに対し、アメリカの影響力が勝れたであろう、友好的生存へと世界を導く能力を投げ捨てたのだ。

ところが、ネオコンは世界を威圧と暴力で脅し、8か国を攻撃し、旧ソ連共和国で“カラー革命”を醸成した。

この狂った愚行の結果が、ロシアと中国の経済・軍事戦略的提携の出現だ。ネオコンの傲慢な政策がなければ、この提携は存在しなかったろう。ネオコンのアメリカ世界覇権という主張に対する反応であるロシアと中国との戦略的提携について、私が書き始めたのは十年前だ。


続きを読む


nice!(0)  コメント(5)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

議員定数削減より議員報酬削減 [政治]

議員定数が問題になっている。7月の参院選もだが、あと1ヶ月で南陽市議選だ。定数17人。私が市議の時代は25人だった。そのあとどんどん減ってしまった。私は「議員定数は多いほどいい。議員報酬はまだまだ少なくていい。」が一貫した持論だ。議員定数が少なければ少ないほど、市民の声が反映されにくくなるというあたりまえのことがどうしてわからないのだろうか。議会を牛耳りたい者にとっては、議員定数が少ないに超したことはない。定数が少なければそれだけ議員が特権化する。3月に当選して6月に賞与が出た。ひと月の1.5ヶ月分だったろうか。その金額にたしか1.4が掛けられていて、思っていた金額よりずっと多いことに驚かされた。ありがたく押し頂いたが、そのことがずっと心にかかっていた。市役所職員の賞与額平均に合わせるための措置ということだった。染め屋の感覚からすれば、ずいぶん割のいいカネ取りと思えたものだった。

ここにきて世の中もようやく「定数是正」のいかがわしさに気づき始めたようだ。まず、222日の東京新聞。


   *   *   *   *   *


【私説・論説室から】

定数減は身を切る改革か

2016222日 

 衆院「一票の不平等」是正に合わせて、衆院議員の定数が十削減されることになりそうだ。消費税率引き上げで国民に負担増を強いる以上、国会議員が率先して身を切る必要がある、のだという。/ しかし、国会議員の数を減らすことが、本当に身を切る改革になるのだろうか。そもそも誰が身を切ることになるのだろう。/ 国会議員は「全国民を代表する」存在だ。その代表者を減らすことは、国民自身が身を切ることになる。本末転倒ではないか。 / 国会議員自身が身を切る必要があるというのなら、議員の「実入り」を減らせばよい。/  国会議員は歳費や期末手当、文書通信交通滞在費など、年間四千万円程度を受け取る。三人の公設秘書の給与を含めれば、議員一人あたりの経費は七千万円程度とされる。/ 議員を十人減らしても、削減効果は七億円だ。国会議員は衆参合わせて七百十七人。一人当たり年間千二百万円の文書通信交通滞在費を半額にすれば、四十三億円節約できる。この方がよほど身を切ることにならないか。/ さらに、共産党を除く各党は年間三百二十億円の政党交付金を議席数などに応じて受け取っている。一割減らせば三十二億円、いっそやめてしまえば三百二十億円の節約だ。/ 国会議員はなぜこんな単純なことに気付かないのだろう。それとももっと深いわけが? あるのなら聞かせてほしい。 (豊田洋一)


   *   *   *   *   *

つづいて、あいば達也さん「世相を斬る」の昨日の記事「●官僚達の犯罪! 鳩山に引導渡した外務・防衛の捏造極秘文書」から。(この記事全文も重要必読!)

 

続きを読む


nice!(0)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

黒江哲郎新防衛事務次官は宮内生れ [政治]

黒江哲郎.jpg昨日の山形新聞「この人」欄です。斎藤茂吉中林梧竹との関わりで何度か記事にした黒江太郎さんの二番目の弟、三郎さんの息子さんということは知っていましたが、山形市出身とばかり思っていたら、宮内生れだそうです。

   *   *   *   *   *

防衛事務次官に就任した 黒江哲郎さん(57)

 通常国会で成立した安全保障関連法の作成で、中心的な役割を担った。同法は9月30日に公布され、6ヵ月以内に施行される。防衛省として戦後の重要な転換点を迎えようとする中、1日付で防衛事務次官に就任した。
 防衛政策に精通し「北朝鮮、中国といった隣国の軍事的な動向、中東地域の情勢流動化など国際環境が厳しさを増している。わが国の平和と安全を守るため、これまでと同じアプローチでは不十分」と同法の必要性を強調する。安全保障政策の3本社として▽防衛力の整備と充実▽日米同盟関係の強化▽国際紛争の早
期解決—を挙げ、この実現に向けて司法整備に尽力した。
 自衛隊は現在、南スーダンで国連平和維持活動(PKO)に従事し、司法施行後は他国部隊員らを助ける「駆け付け警護」などが想定される。隊員のリスクが高まるとの懸念があるが、「この瞬間でも自衛官は有事と災害に備え、派遣されれば現場で命を懸けている。それぞれの現場には常に高いリスクがあり、事前の
情報収集で可能な限りそのリスクを低減することに努めている。この姿勢は変わらない」。関東・東北豪雨で自衛隊は2069人を救出した。
 1981(昭和56)年の入庁(当時は防衛庁)。山形銀行の行員だった父の実家が南陽市宮内で、就学前まで近くの借家で育った。その後は山形市に移住し、県立山形東高から東大法学部に進学した。妻聖子さん(57)は高校の同窓生。
 参院本会議で同法が成立したのは9月19日午前2時18分。それから約6時間後、沖縄から里帰りしていた長女が出産し、待望の初孫が誕生した。
 「とてもかわいいハンサムな男の子でした」。防衛官僚とは思えない柔和な顔が一層ほころんだ。

   *   *   *   *   *

テレビで見る顔は堅い顔ばかりでしたが、笑顔の写真でホッとしました。「北朝鮮、中国といった隣国の軍事的な動向、中東地域の情勢流動化など国際環境が厳しさを増している。わが国の平和と安全を守るため、これまでと同じアプローチでは不十分」と言う黒江次官、先輩の柳澤脇二氏や孫崎享氏のような柔軟性をもって事にあたっていただきたいと思いました。切に願わくば、小松(川西町)出身の遠藤三郎中将という先達軍人の精神をもぜひ汲み取っていただきたい。

--------------------------------------------------------------------------
【追記 2017.7.28 稲田防衛相、黒江防衛次官辞任ニュース関連】

続きを読む


nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

「反知性主義」をめぐって [政治]

昨日の山形新聞の文化欄は「反知性主義」についてだった。見出しは《倫理が崩壊、思考を停止 背景に弱肉強食の格差社会》とあり、冒頭、《理性的判断や論理的思考より目先の利害を優先し、空気を読んで大勢に迎合する—。そんな人々の振る舞いが論壇で「反知性主義」と呼ばれ、その広がりが懸念されている。子どものいじめから政治家の言動まで、一様な局面で指摘される風潮の実を探った。》と書き出している。


実は「反知性主義」という言葉は、副島さんと佐藤優さんの対談本『崩れゆく世界 生き延びる知恵』2015.6 日本文芸社)で行きあたっていた。


《副島 安倍の横にいる菅義偉内閣官房長官というワルが大変な知恵者のように言われています。かつての野中広務のようです。委員会で野党の議員が鋭いことを質問したら、なんとその答弁で[あんた、そんなこと言っていいのか」とスゴミを利かせました。それで相手が震え出す、という感じです。

 菅義偉は、集団就職で上京した法政大学出で、横浜のニコヨン(注一旦雇い労働者のこと)、沖仲仕あがりです。下からの叩き上げだから、ドスが利いていて根性があります。

 しかし、どうも彼も知性というか知能が足りない。がむしゃらに精いっぱいやっているのでしょうが。

佐藤 なんか、本当に知性を憎んでますからね(笑)。本を読めば読むほど、人間は悪くなるみたいな発想ですから。だから知的なことを言われるほど反発します。「お前、本で勉強したことで、役立ったことなんか何一つねえぞ。ふざけんじゃねえ。こっちは体張っているんだからな」という感じです。

安倍政権はコンビニの前でウンコ座りしている、暴走族みたいな雰囲気ですよ。》(70-71p


続きを読む


nice!(1)  コメント(5)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

伊東光晴『アベノミクス批判』書評(要約版) [政治]

先に書いた、伊東光晴著『アベノミクス批判』書評が長くなりすぎたので、要約してAmazonレビューに投稿してきました。
http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2015-01-13
http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2015-01-14

   *   *   *   *   *

マキアヴェリはフィレンツェ政府の職にあって「すべて力のある者は勝ち、力のない者は敗れる」「政治は目的と手段の問題であり、手段は力である」として『君主論』を書いた。1498年、マキアヴェリがその職に就く直前のこと、”人間は自らの生れ持った理性に導かれる”と説いた修道士サヴォナローラが処刑された。伊東氏は「おわりに」でこのことに言及する。病に倒れ執筆もままならぬ87歳伊東光晴氏の覚悟のほどが読みとれる。最終章「安倍政権が狙うもの」では、憲法発布の15年後に南原繁元東大総長が語ったという「憲法に盛り込まれた平和主義は高い理想に裏づけられている。日本の国民はこの崇高な理想主義の重さを担うことができるのか。必ず裏切る。その時、初心忘れずだ」との言葉を忘れることができないとして次の文が続く。

《高い理想主義は座して得られるものではない。武力を放棄した日本は、絶えず外交努力によってそれをつくり出していかなければならない。領土問題が存在した時、互いに話し合い、大きな目的のためにこれを棚上げし、解決を時に委ねる田中角栄首相と周恩来総理がとった策が、その良き例である。》(142p

 

本来日本は大人の対応ができる国なのだ。田中総理と中国の大人周恩来は「棚上げ」という大人同士の解決を選択した。無用な争いを避ける道だった。それを「戦争したい派」が無惨にも踏みにじって今がある。くれぐれも「戦争したい派」の煽動に乗ってはならない。腑に落ちる自ずからなる日本人の道というものがある。”人間は自らの生れ持った理性に導かれる”、その時の「理性」とは、「腑に落ちる」という理解感覚のことだろう。この本が苦もなく、あるいはむしろ心おどらせつつ読み通せたのは、読者のその感覚に応えるように語られているからだ。


続きを読む


nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

「安倍ちゃんは26社の軍事関連企業の幹部を引き連れて中東へ乗り込んだよ。」 [政治]

天皇陛下、戦争へのご懸念(新年の御感想)のコメント欄に今書いたことを転載しておきます。(加筆修正あり)

-------------------------------------------------------------

1月19日(月)の朝7時のNHKニュースに、安倍首相がイスラエルのネタニヤフ首相に満面の笑みで駆け寄って握手を求める様子が映し出された。なんともいえないおぞましさを感じた。その日のこども園の朝礼、聖書はアモス書第5章14-24で「公道を水のように、正義をつきない川のように流れさせよ。」の箇所を読んだ。いつもひとこと語る機会が与えられる。安倍首相に感じたおぞましさが頭から離れないこともあってこう語った。

「『正義』という言葉で戦争が行われることもある。古来『正義とは何か』ということは常に問われつづけてきたことだった。平成13年のアメリカで起きた9.11の同時テロ多発事件を覚えているだろうか。あの事件をきっかけに『テロと戦う正義の戦争』ということでアメリカはイラクに攻め込み、日本では小泉首相がイラク戦争支持、自衛隊の海外派遣に踏み切った。しかし今は、あの事件は、戦争を始めるためのやらせだったことが明らかになっている。このたびのフランスのテロ、ネットの世界ではあれも戦争を始めるためのやらせではないのかということが言われだしている。日本もそのやらせの流れに乗って自衛隊派遣を言い出す気配である。集団的自衛権ということで、自衛隊員が実際に銃をとることになるかもしれない。今朝見たニュースでそう思った。戦争には金がかかる。金がかかるということは、戦争があることによって生活する人もたくさんいるということだ。なかなかその悪循環を断ち切ることができない。日本の政治の大きな流れはどんどんそういう方向に流れてしまっている。しかし、日本のもっとも公の立場にある天皇皇后両陛下は、こうした日本の今の流れを何とか押しとどめねばならないと真剣に念じておられる。私たちもこのことを心に留めおき共に祈りたい。」

どこまで伝わったかわからないが、要するにこういうことを語りたくて語った。そしていま、飯山一郎さんのサイトhttp://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-7660.htmlで次の情報を知った。案の定だ。安倍首相の満面の笑みには何の屈託も感じられないのが何ともおぞましくまた恐ろしい。なんのためらいもなく流れに乗っかっているように思えてしょうがない。(安倍首相についてそう判断する理由を「安倍政権の危うさ」ということで私なりに書いたことがある。

   *   *   *   *   *

S ・Kuroda @kuroda06sayuri
今回、安倍ちゃんは26社の軍事関連企業の幹部を引き連れて中東へ乗り込んだよ。連日この幹部達はイスラエルで商談をしていた、このことは地元紙やサウジ紙で報道されているね。こんな実情を隠して、「人道支援」という報道は日本だけだよ。今回の訪問はまさに中東での戦争参加の表明だね。
2015年1月22日 08:11

S ・Kuroda @kuroda06sayuri
欧州・中東のメディアの電子版をざっくり読んだ。安倍ちゃんの外遊を「人道支援」と記しているのは1社のみ、10社以上は「軍事商訪」「挑発外交」「銃と金融セールス」stc.‥と記しているよ。
2015年1月22日 12:00


   *   *   *   *   *

それにつけてもいつも遠藤三郎中将が思いうかぶ。かつてこう書いた

続きを読む


nice!(0)  コメント(24)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

伊東光晴「アベノミクス批判―四本の矢を折る」を読む(承前) [政治]

上杉神社鳥居.jpg

先の文で「腑に落ちる」「落ちない」にこだわって書いたのは、111日にNHKEテレで「知の巨人たち 吉本隆明」を見たからだった。上杉神社の鳥居の下での学生服の集合写真。同期全員だろうか、吉本も入って100人ぐらい。戦争末期、軍国少年でありつつ吉本隆明の中にあったなんとはなしの「腑に落ちなさ」、それが戦後ものを考える出発点だったというナレーションだった。それが頭に残っていての先の文章だったが、そのことは書きながら気づいたことだった。昨日(13日)の山形新聞、「大場文雄 県内スケッチ」がちょうどその鳥居の絵で私なりにシンクロニシティの体験でうれしかった。 


さて、『アベノミクス批判』を読みつつ感じた私にとっての「腑に落ちなさ」は、ごくありていに言えば、伊東氏が全面評価する村山談話への異和と言える。

 

 《「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を哀し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます」。》


伊東氏は「中国対日本の関係に絞るならば、この村山談話は『疑うべくもない』事実を認め反省の意を表したもので、議論の余地がないように思える。」(128p)と言う。「思える」であって断定ではないところに伊東氏なりの遠慮、あるいは「腑に落ちなさ」があるのか。ここで思い浮かぶのがマレーシア首相マハティールの演説だ。以下「日本なかりせば」演説(
1992.10.14香港にて)全文。

 

続きを読む


nice!(1)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

伊東光晴「アベノミクス批判―四本の矢を折る」を読む [政治]

マキアヴェリはフィレンツェ政府の職にあって「すべて力のある者は勝ち、力のない者は敗れる」「政治は目的と手段の問題であり、手段は力である」として『君主論』を書いた。1498年、マキアヴェリがその職に就く直前のこと、”人間は自らの生れ持った理性に導かれる”と説いた修道士サヴォナローラが処刑された。伊東氏は「おわりに」でこのことに言及する。病に倒れ執筆もままならぬ87歳伊東光晴氏の覚悟のほどが読みとれる。最終章「安倍政権が狙うもの」では、憲法発布の15年後に南原繁元東大総長が語ったという「憲法に盛り込まれた平和主義は高い理想に裏づけられている。日本の国民はこの崇高な理想主義の重さを担うことができるのか。必ず裏切る。その時、初心忘れずだ」との言葉を忘れることができないとして次の文が続く。


《高い理想主義は座して得られるものではない。武力を放棄した日本は、絶えず外交努力によってそれをつくり出していかなければならない。領土問題が存在した時、互いに話し合い、大きな目的のためにこれを棚上げし、解決を時に委ねる田中角栄首相と周恩来総理がとった策が、その良き例である。》(142p

 

北方領土はともかく、尖閣やら竹島やらが云々されるたびに何か「腑に落ちかねる」思いがあった。


続きを読む


nice!(1)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

故大竹俊博元南陽市長の葬儀に参列してきました [政治]

故大竹俊博.jpg

私がいっとき政治の場に身を置いた時、結果的には対立の形にはなったが、決して嫌いな人だったわけでなく、政治とはどうしようもなく対立の図式の中に嵌め込まれてしまうものなのだなあということを、葬儀に参列しつつ深く実感させられたことだった。

大竹元市長葬儀あいさつ状.jpg

大竹さんは昭和141939)年の生れ。昭和431968)年から昭和541979)年まで311年市会議員を務めた後、三つ巴戦を制して県議となり昭和581983)年4月まで14年を務めるも、次の選挙で自民党系保守から推された高橋源吉氏に敗れ、昭和611986)年の市長選で3期目を目指す新山昌孝市長を破って初当選。以来平成101998)年7月まで312年南陽市長の席にあった。しかし市長在籍時にパーキンソン病を発病、やむなく4期目を断念して以後は闘病生活を送られていた。市長としての12年間のうち、後半の6年間、私は市議として身近に関わらせていただいた。いろんな思いが頭をよぎる。

 

続きを読む


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。