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安倍総理と長谷川三千子女史の対極性 [神やぶれたまはず]

昨日の記事にはその前段階があった。6日に読んだ山崎行太郎氏の「『安倍流言語学』の謎を読み解く。」http://www.asyura2.com/17/senkyo220/msg/280.html が、これまで思ってもみない新たな視点を提供してくれていたのだ。安倍総理を見る目が変わったといっていい。

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国会の答弁演説で、安倍首相は「云々(うんぬん)」を「でんでん」と誤読した。普通なら、内閣が吹っ飛びそうな珍事件である。しかし、何事もなく終わろうとしている。「云々」を「でんでん」とよむ総理大臣がいてもいいじゃないの・・・というわけだろう。むしろ、漢字の読み間違いなどのメクジラを立てて、騒ぐ方がおかしいだろう。他にすることはないのか、というわけだろう。

安倍応援団の代表格の百田尚樹は、『雑談力』という本で、話は面白ければいいのだ、という趣旨のことを言っている。さすが安倍応援団の一人である。よく分かっている。話し言葉や演説用語は、その場を盛り上げることに重点はある。その話が、真実か虚偽か、などはどうでもいいというわけである。むろん、百田尚樹の「トンデモ言語学」に一理がないわけではない。むしろ、安倍の読み間違いを嘲笑する左翼のインテリたちこそ、言語学を知らないというべきだろう。

後期ヴィトゲンシュタインは、「意味が用法である」と言い出して、言語学に革命をもたらした。言語は、意味や読みの正確さや厳密さが、重要な本質ではない。むしろ、誤解であれ正解であれ、会話が成立することこそ重要なのだ。意味や読みを厳密に定義し、その定義に基づいて発語する、ということにこだわるのは、近代言語学の限界である。構造主義言語学の生みの親とも言うべきソシュールが「言語には差異しかない」と言ったのも、別のことではない。同じことである。

ヴィトゲンシュタインもソシュールも、「意味」を解体したのである、安倍も意味や読みを解体している。安倍批判が不発に終わるのは、安倍流言語学の謎を解明出来ていないからであろう。知ってか知らずにか、安倍は、現代の言語革命を生きているのである。

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実はこれを読む前々日、中学の同級生数人と温泉に行って、宴会を終えて部屋に帰ってから、3人で議論になった。こちらの真意を汲み取ってもらえないことにイライラしつつ、とにかく1時間以上やり合ったと思う。得ることがないではない議論ではあったが、その議論についていろいろ思いを巡らせていたときに出会ったのがこの文章だった。考えてみると、ネット上のやり取りも含めて世の中の会話のほとんどは、「正確さ」や「厳密さ」などは二の次となって会話は成立していることに思い到った。言った方が勝ち、おのずと声の大きな人が優勢を占めることになる。

はじめてヴィトゲンシュタインに心を向けてみた。松岡正剛氏が『論理哲学論考』に拠って言っている。http://1000ya.isis.ne.jp/0833.html

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70回目の「敗戦」記念日に [神やぶれたまはず]

阿修羅板にところかまわず眠りこける人が激増 社会崩壊の前兆か?の記事が出て、それに応える「フクイチ再臨界について 霧と水蒸気の違いがわかりやすい写真付きの記事、と思ったら、新ベンチャー革命が「東電福島事故原発から発生する不気味な霧にご用心新ベンチャー革命氏の認識が、広瀬隆氏を媒介に、飯山氏の認識と一致したように見えます。
そしてまた飯山氏曰く、「来年はない 見納めの夏」。そんな中での70回目の終戦記念日。いくつかの記事を読んだので整理しておきます。


まず、全国戦没者追悼式での天皇陛下のおことばに変化があった。スプートニクの「終戦の日;天皇陛下『深い反省』」の記事がすっきりしている。


戦後70年を迎えたことし、天皇陛下は14年ぶりにおことばをかえ、戦後の日本の歩みを振り返る部分に、多くのことばを足されました。/まず、今日の平和と繁栄を支えたものとして「国民のたゆみない努力」に加え、新たに「平和の存続を切望する国民の意識」という表現を用いられました。そのうえで、例年、「苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません」としていた部分を「戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません」と言いかえられました。/さらに、戦没者を追悼し平和を願う結びの一文に、「さきの大戦に対する深い反省と共に」ということばを加えられました。戦没者追悼式での天皇陛下のおことばがこれだけ変わるのも、「反省」ということばが盛り込まれたのも、今回が初めてのことです。》


両陛下のひとつひとつの挙措をニュースでじっと見ていた娘いわく、「お二人がいる限り安心だね」。娘の亭主はアパレルで紳士服専門なのだが、その目から見れば、天皇陛下の着こなしには画然たるカリスマ性を感じるのだそうだ。言われてなるほどと気づかされた。


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白井聡著『永続敗戦論』を読んで(番外) 長谷川三千子氏のまっとうさこそ学ぶべき [神やぶれたまはず]

落合恵子さんの「私たちは直球を投げ続けるしかない。投げ続けて、投げ続けて、ダメだったらしょうがないじゃないか。」という発言に、今の日本をどう考えているんだろうか、どれだけ「真剣」なのだろうかという危うさを感じた。『神やぶれたまはず』『永続敗戦論』を読んだ者には、それは戦後という「擬制の体制」に乗っかっての、無責任きわまりない戯れ言にしか聞こえない。長谷川さんがどんな思いで目の前におられるのか、その想像力をなぜはたらかせようとはしないのか。なぜ長谷川氏がこの集会に参加する気になられたのか。明らかに、戦争にのめり込もうとする安倍政権への不安があるゆえなのではないのか。決して自分の立場をひけらかして自分の主張をしようというのではなかったことは発言から十分理解できるはずだ。


ここまで書きかけていたところで、NHK受信料拒否をめぐって、長谷川バッシングが喧しい。しかし私は確信して言う。右も左も長谷川三千子氏のまっとうさこそ学ぶべき!と。


長谷川三千子先生、正念場です。がんばって下さい。先生の「思想力」が試されているのです。


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白井聡著『永続敗戦論』を読んで(3) 長谷川三千子(本来日本)vs.落合恵子(戦後日本) [神やぶれたまはず]

『永続敗戦論』にこうあった。

《われわれは「戦後」の概念を底の底まで見通すことによって、それを終らせなければならない歴史的瞬間に立っている。》(p.31

まさに白井氏は『神やぶれたまはず』と同じ思いで同じものを見ている、そう思い、「神やぶれたまはず」のカテゴリーに入れることにして『永続敗戦論』の読後記録を書き始めた。そうこうしているうちに、長谷川さんがいわば「戦後」そのもののような集会に単身で乗り込み発言された、貴重なユーチューブの記録に出会った。このところテープからの文字起こしに慣れてきていて、これもぜひしてみたくなって前回の記事。そしてそのつづき。


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白井聡著『永続敗戦論』を読んで(2)長谷川三千子氏の「思想力」 [神やぶれたまはず]

そもそも『永続敗戦論』を知ったのは、新井俊介氏のブログでだった。長谷川三千子氏の発言に対する批判的観点から白井氏の著が紹介されていた。新井氏もそうだったのではないかと思われるのだが、私には長谷川氏の『神やぶれたまはず』と白井氏の『永続敗戦論』は対立というより、むしろ補完的な関係にあるように読めた。なぜなら、白井氏が問題にする、戦後日本のダブルスタンダード、それゆえ「真剣なものなど何ひとつ存在しな」くなってしまった(ように見える)戦後日本の世の中。それをいかに止揚すべきかを、それこそ真剣に(13年もかけて)探求して成った著作が『神やぶれたまはず』に他ならないのだから。その答えが「昭和20815日正午を原点としてわれわれの『神学』を打ち樹てる」ことなのだ。実は『永続敗戦論』の考えている答えとは逆の答えなのだが(そのことは後に書くだろう)、私は『神やぶれたまはず』には白井氏の『永続敗戦論』を包摂し得る力があると確信している。私には、長谷川氏と白井氏は戦後日本をどう認識するかについて同じ基盤に立っていると思える。


ちょっと本題から逸れる。

 

NHKの経営委員になったばかりにあれこれ言われながらすっかり有名になりつつある長谷川氏だが、何ら臆することなく御自分のなすべきことをしっかり為して頼もしい姉御ぶりを発揮しておられる。『週刊現代』31日号の記事だ。「安倍ブレーン とても変な女性評論家」と題して4ページにわたって紹介されているがその中にこうあった。

 

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白井聡著『永続敗戦論』を読んで(1)自覚なきシニシズム [神やぶれたまはず]

重く読んだ。


《「政府は、核兵器を持たず、作らず、持ちこまさずの非核三原則を遵守するとともに、沖縄返還時に適切なる手段をもって、核が沖縄に存在しないこと、ならびに返還後も核を持ち込ませないことを明らかにする措置をとるべきである。(1971年の国会決議)」


「唯一の被爆国として、いかなる核実験にも反対の立場を堅持する我が国は、地下核実験を含めた包括的核実験禁止を訴えるため、今後とも一層の外交的努力を続けること。(1976年の国会決議)」


こうした決議を(しばしば全会一致で)繰り返しながら、沖縄核密約を米国と取り交わし、あまつさえ、核武装について西ドイツに話を持ち掛けることまでしていたのが、この国の政権であった。してみれば、非核三原則や「唯一の被爆国」であることの強調が一体何のためになされてきたのかは、ほとんど考えるまでもなく理解できる。ここには真剣なものなど何ひとつ存在しない。彼らが唯一真剣に取り組んでいたのは、国民を騙すことだけであった。そして、シニシズムを自明の社会原理としてしまった国民の側も、進んで騙されてきた。》(p.158-159


「真剣なものなど何ひとつ存在しない。」戦後日本を象徴する言葉のように受け止めた。騙しあい、騙されあいつつ、ものは豊富で便利な世の中になっているんだからそれでいい、このままで。「敗けてよかった」と戦争をくぐり抜けた大人たちが言っていたのを子ども心に聞いている。そうして成った「シニシズムを自明の社会原理とし」た戦後日本という世の中。それが当たり前になってしまっているので、自らがシニシズムの中にあることが自覚できない。真面目であればなおのこと。


決して他人事ではないと思いつつ、左右のふたりを思い起こした。


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長谷川三千子さんと西村幸祐さんの対談 「『神やぶれたまはず』を巡って」 [神やぶれたまはず]

西村幸祐トークライブwith長谷川三千子"戦後体制は、どう克服されるのか"~長谷川三千子著『神やぶれたまはず』を巡って~

を聴いた。西村幸祐さんという人は名前をどこかで聞いたことあったかな、という程度。古代史学者で早稲田大教授だった西村眞次博士の孫さんとのこと。西村眞次博士は『東置賜郡史』の著者で、置賜盆地の屋代三山を奈良盆地の大和三山に擬した。おそらく結城哀草果はこのことをふまえて「置賜は国のまほろば・・・」をつくったと思われる。西村眞次という人は、私たちの土地にとってかけがえのない人。それはともかく、西村氏のノリがイマイチ、イマニで間延びがち、さすが2時間半ともなると長く感じさせられるが、なんといっても長谷川さんがほんとうに優しく賢い女性として、西村氏のぎこちなさにメリハリのある論旨明快なお話ぶりで対応され、私にはずーっと輝いて見えていたので、見終わっての感想は「あー、見てよかった。』


メモしたところを中心にあらためて聴き直していたら、ぜひともテープを起こしたくなりがんばってみました。


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靖国の名に背きまつれる神々を思えばうれひの深くもあるか [神やぶれたまはず]

靖国の名に背きまつれる神々を思えばうれひの深くもあるか


昭和天皇御製という。副島隆彦氏の「安倍の靖国参拝問題が大きな火種に。日本は世界中を敵に回してはいけない。」2014.1.9)によってはじめて知った。副島氏が言う如く昭和天皇の世界認識の確かさを背景にした御製なのだろうか。そしてあらためて、「神やぶれたまはず」を思う。


昭和208月のある一瞬――ほんの一瞬――日本国民全員の命と天皇陛下の命とは、あひ並んでホロコースト(供犠)のたきぎの上に横たはっていたのである。》(p.282


国民は、その一瞬が過ぎるやたきぎの上からたちまち降り立ち明日から生きてゆくための行動を開始した。薪の上に載った一瞬などその時だけの一瞬に過ぎない。そんな記憶は時間と共にどんどん遠ざかってゆくだけだ。そうしてあっという間に68年が過ぎてしまった。


しかし、国民にとっては「ほんの一瞬」であった 「この一瞬」は、昭和天皇にとってはその後の生を通して背負い続けなければならなかった「永遠の一瞬」だった。


いまあらためてあの一瞬からいままでの時の流れをふりかえるとき、あの一瞬が夢だったのか、はたまたあの一瞬を忘れて過ぎ去った68年の時の流れが夢だったのか。長谷川氏の「神やぶれたまはず」を読んだいま、私には過ぎ去った68年の方が夢だったのかと思えてしまう。


昭和天皇はその間、われわれにとってたちまち過ぎたあの一瞬を夢ではない現実として、たきぎの上から降り立つことのないまま昭和を生きて、平成の御代へとバトンを引き継がれていったのではなかったか。薪の上に在りつづけた昭和天皇のお姿こそが夢ではない現実ではなかったのか。そのことを抉り出してみせてくれたのが、他ならぬ「神やぶれたまはず」であった。民よ、再び薪の上に戻れ。そこで「神人対晤」のかけがえのなさを知れ。確たる現実はそこからしか始まりようがない。さもなくば日本人の精神はとめどないメルトダウンに抗すべくもなし。あの一瞬に目を瞑っての日本再生は、かつて辿った道を遡る道に過ぎない。アベノミクスに踊らさせる動きがそうである如く。株の大納会にのこのこ出かけてシャンシャン手拍子する安倍首相のなんと稚拙で情けない姿であることか。安倍さんよ、目を醒せ。


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長谷川三千子著「神やぶれたまはず」を読む [神やぶれたまはず]

これほど力強い本をかつて読んだことがあったろうか。《いかにして「我々の神学」をうちたてるか》という切実な課題に明確に答えようとする著。今のままの状態がつづけば、日本人の精神はずるずるとメルトダウンしてゆくしかない。そのぎりぎりの瀬戸際にあって、防戦一方の体勢から反撃に転じる確かな橋頭堡を築くことに成功した。われわれは、ここから出発すべきである。


以上は最初に読み終えた直後の感想である。再読の必要を感じて、あらためて蛍光ペンでマークしながら二度目を読み終えた。いま上の感想を見て、なるほどと思った。読み終えての心の高ぶりは、一度目と変らない。


昭和16年天長節観兵式.jpg

昭和16年天長節(429日)観兵式、昭和天皇が愛馬白雪に召させられた勇姿の御写真がわが家に大切に保存されてきた。まさにそのお姿は、凛と言うにふさわしい。戦後生まれの我々が接してきた昭和天皇のお姿からすれば、その雰囲気はむしろ別人にさえ思えて戸惑う。思えばその戸惑いは、私の祖父の戦前の写真を見たときの戸惑いに通ずる。


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「日本の神々はやぶれたまひしか」長谷川三千子 [神やぶれたまはず]

毎月1日の宮内熊野大社月例祭。終了後、北野達宮司から5分間ほどの講話が聴けるのが楽しみだ。

昨日は初めてのことだが、新聞のコピーを用意されてのお話だった。コピーは今年8月15日付産經新聞「正論」、長谷川三千子先生

「8・15」に思う 日本の神々はやぶれたまひしか。脇に折口信夫(釋超空)の長歌と反歌が添えられていた。


宮司が語られたのは、
長谷川さんの
〈この戦争の敗北は日本の神々の敗北でもあり、その結果として「やまとびと 神を失ふ--」といふことになつた--かつて折口信夫はさううたつたのであつた。〉という理解に対して、
長歌に対する折口自身の反歌「信薄き人に向かひて 恥ぢず居む 敗れても 神はなほ まつるべき」を示すことで、
折口の思いも、長谷川さんの
〈はたして本当に、日本は「最悪の負け方」をしたのだらうか? はたして日本の神々は敗れ去り、われわれは神を失つたのだらうか? むしろその最悪の敗北の瞬間に、われわれは初めて、自分たちの神との対面をはたしたのではないか?〉に通ずる思いではなかったか、ということだった。

実は先日、相馬出身の奥さんを持つ友人が、
「あの浜の惨状を見ると、神様の存在など信じられなくなる」と語るのを聞いたばかりだった。
私はしかし、2011/4/29に南三陸町、石巻市にその惨状を見た後、
〈「大倭日高見(オホヤマトヒタカミ)の国を、安国(ヤスクニ)と定奉(サダメマツリ)て」(大祓詞)の、その日高見国の言葉にもならぬ惨状、神様もなぜこうなったのかわからずに唖然としておられるように思えたことだった。すると同時に、神様が急に身近に感じられた。もまいする(パニックになる)神様はそのまま人の姿のように思えたのだった。〉
書いていたのを思い起こしていた。

敗戦は、あるいは神々を身近にしたはずなのではなかったか。私が震災の現実を見て思わされたように。

ともかくはまず『神やぶれたまはず』を注文した。 

  

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