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mespesadoさんによる1億人のための経済講座〈Ⅱ〉(1)   [mespesadoさんによる1億人のための経済講]

松尾匤51JBW+gJIAL._SX342_BO1,204,203,200_.jpg松尾匡著『この経済政策が民主主義を救う』(大月書店 2016)の書評が始まりました。「mespesadoさんによる1億人のための経済講座〈Ⅱ〉」として転載させていただきます。

2016年の暮れ、近藤洋介議員後援会主催の金子勝講演会を聴いたことがありました。黒田日銀は“マイナス金利政策”を導入したことによって、いつ債務超過に陥るか分からない危機に直面している。」「体制末期に手段がなくなり、後先考えずやるのが悪貨改鋳であり、紙幣の大量発行である。日銀券の信用を支える担保もなくお札を刷りまくる異常な体制がいつまでも続くとは考えにくい。安倍首相と黒田総裁は、後は野となれ山となれ、とでも思っているのではないか。」http://www.asyura2.com/16/senkyo217/msg/180.html

金子氏の見立ては外れ、洋介議員は衆院選で議席を失う結果となりました。

松尾氏は、財政について金子氏の考えとは真逆なのかもしれませんが、やはりその見立ても狂ったようです。著者の思いとは逆に現実は、景気を示す指標の改善も新卒者にとっての就職率の改善も誰の目にも明らかになり、・・・しかも野党はますますバラバラに空中分解してしまった》のです。

*   *   *   *   *

60 名前:mespesado 2018/01/06 (Sat) 15:37:17 host:*.itscom.jp
 スレッドも変わり、年も変わってしまいましたが、そろそろここで、予告していた松尾匡(まつおただす)氏の『この経済政策が民主主義を救う』の書評を始めたいと思います。
 まず、この本は、第1刷が2016年の1月20日であることを予め断っておきます。なので、米大統領選の1年前なので、まさかトランプが大統領になるなどとは思いもよらず、しかもサンダース候補が民主党候補になるかもしれないという時期に書かれたものですから、そういう時代設定の下で書かれたことはきちんと考慮に入れるべきでしょう。
 で、この著者の松尾匡さんという人は、1964年生まれの立命館大学の教授で、「理論経済学」が専攻とのことです。
 また、かの山本太郎参院議員にも影響を与え、山本さんを財政出動論者に趣旨換えさせたこと↓
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12283514858.htmlや、私が前にコメントした『ヘリコプターマネー』の著者である井上智洋さんと昨年8月に「市民社会フォーラム」でトーク・イベントを行ったりもしています↓
https://economicpolicy.jp/2017/07/13/892/
 さて、こんなところを背景として、さっそくこの本の構成を紹介しておきます。この本は、全体で6つの章立てで構成されており、

「はじめに」
第1章 安倍政権の景気作戦 ―― 官邸の思惑は当たるか?
第2章 人々が政治に求めているもの
第3章 どんな経済政策を掲げるべきか
第4章 躍進する欧米左派の経済政策
第5章 復活ケインズ理論と新しい古典派との闘い
第6章 今の景気政策はどこで行きづまるか
「むすびにかえて」

となっています。内容は順次紹介していきますが、全体を一言で述べれば、思想的にはリベラル系で、アベノミクスに野党がどう対抗すべきかを、党派性のバイアスに陥らないで提言する、という構成になっています。
 で、その感想を一言で述べれば、「思想的な面を除けば第5章まではほぼ完璧に全うなことを主張している」のですが、最後の、すなわち肝心の将来への提言部分である第6章は、突っ込みどころが満載で、それはこの人がプロの経済学者であるがゆえに、欧米のノーベル賞級の学者の学説をふまえて論じているために、これらの欧米の学者が、まさに欧米の特殊性から演繹したに過ぎない「定説的」な経済学をベースにしているため、欧米とは歴史も風土も違う日本の経済環境をうまく解析し尽くしていないのではないか、という疑問が感じられることです。また、定説なんてのはその説が発表されてしばらく経ってから評価されて学界に根付くので、最近のAI技術の進歩のような「パラダイム変換」の要素について一言も言及されていないことに影響されているのか、この本ではAIの進歩について一切触れられていないことも疑問に感じたところです。
 そういうわけで、前のスレッドでは「この本は9割まっとうだ」と述べたわけですが、残りの1割がどんな主張で、それがどう問題なのか、という点にも注目しながら論評していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。(続く)
61 名前:mespesado2018/01/06 (Sat) 16:27:24 host:*.itscom.jp
>>60
 さて、まずは「はじめに」から。この部分はネットで公開されていて、以下のサイト↓で読むことができます:

この経済政策が民主主義を救う―― 安倍政権に勝てる対案 - 松尾匡 / 経済学
http://blogos.com/article/156754/
 まず冒頭からいきなり

> 2015年の9月中旬、日本では安全保障関連法案をめぐる攻防が大詰
> めを迎え、国じゅうが反対運動に揺れました。

 で始まり、

> 私でもわかることは、戦後長く続いた憲法解釈を決定的に踏み越えるた
> くさんのことが、強引に、大急ぎで進められたということです。世論の
> 多数派が一貫して反対していることを、あえて無視して。

> 立憲主義の原則や正常な議会制民主主義の手続きを無視したのもさるこ
> とながら、露骨な報道統制の動きや反基地運動への不当逮捕など、安倍
> 政権の政治体質が誰の目にもあらわになったことだと思います。

> 安倍政権のもとでは、やはり世論の反対を無視して特定秘密保護法がつ
> くられ、大学の教授会自治を否定して学長専断を規定する法律がつくら
> れました。武器輸出を原則禁止していた「武器輸出三原則」は撤廃され
> ました。

という具合に政治的なコメントが続きます。確かにこの時点では、米国が戦争屋に牛耳られていましたから、「従米路線の清和会系総理」である安倍さんが米国から要求されていた政策を次々に「強行採決」していくことに疑問を持つのも、大学に籍を置く知識人としては、まあ当然とも言える立場かもしれません。いや、むしろこの時点で安倍政権の政治方針に無条件で賛同してしまっていたら、それは「荒ぶれものの米国と心は一体化」しているマッチョ主義のウヨク界隈と変わらないことになってしまうので、それはそれで信用が置けなくなるところでした。
 しかし、この本を出版した後の、2017年6月の段階でも、上で引用した「山本太郎議員と立命館・松尾匡教授 ラジオ出演」の要約を見る限り、安倍政権には相変わらず批判的なようですから、「政治の深いところ」についての理解はあまり深くないようです。そして、「はじめに」では

> 現在の自民党が掲げる憲法改正草案は、まさに安倍さんの理想どおり、
> 今の日本国憲法をトータルに否定するものです。それはまずもって、近
> 代の立憲主義や社会契約説的な国家観――個人が先にあって、その自由
> と人権を守るために国家というものをつくろう、そして国民が国家権力
> を縛るために憲法があるのだ、という構え――の否定の上に成り立って
> います。逆に、国家がまず先にあって、国家が国民に義務や道徳を指示
> するためのものとして憲法を位置づけているのです。

と述べるのですが、ここでいう「個人が先にあって、その自由と人権を守るために国家というものをつくろう、そして国民が国家権力を縛るために憲法があるのだ、という構え」というところが、前のスレッドの #947 で紹介した「めい」さんの論文で言うところの

>  また、「公民」の教科書(東京書籍)では、「人権」について三七ペ
> ージにわたって説明されている。「人権」という言葉と表裏一体のもの
> として「自由」が叩き込まれる。しかもそれは「国の秩序」や「学校の
> 秩序」や「家庭の秩序」よりも何よりも優先されている。本来「人権」
> や「自由」という考え方は、弾圧や抑圧に対抗するものとして生まれて
> きたはずのものなのに、今の教科書ではそれだけが一人歩きしてしまっ
> ている。 

を地で行くような「西洋の都合によるポリコレ」に見事に洗脳されてしまっている知識人の典型となってしまっています。
 以上のような指摘をすると、「経済の本なのに政治的な発言を取り上げて批判するのは、著者に対する印象操作であり、ためにする議論ではないのか」と思われる方がいるかもしれませんが、そうではありません。
 というのは、安倍政権の言動に「駆け引き」の要素が多分にあることを理解しないと、経済政策に関する財務省や外国との駆け引きで「本音を隠して策を弄している」部分が見えてきませんし、また西洋風のポリコレに染まってしまうということは、日本独自の歴史や風土の要素を考慮に入れることを忘れることにもつながります(そしてこの本の第6章で展開される経済理論がまさにその弱点を持っていることが明らかになります)。
 なので、経済理論とは関係ないからと読み飛ばすのではなく、政治的にどのような立場に立っているのかを理解しておくことは、本の内容を理解するのに重要なポイントとなるわけです。
 さて、「はじめに」の最後は

> もし私たちの側が次の選挙で安倍さんの野望にストップをかけたいなら
> ば、長い不況の間に新自由主義「改革」に苦しめられてきた民衆の願い
> に応える政策を打ち出すほかありません。それは、躍進する欧米左翼の
> 政策にならうことでしかないでしょう。もしそれをしないならば、安倍
> さんが私たちの側のお株を奪って、またまた民衆の支持を集めてしまう
> のではないでしょうか。

と結ばれていますが、最後の「もしそれをしないならば…」以下の部分は、まさに予言的中です。安倍政権は、実はこの松尾さんの本に書かれている野党への提言の良いところを、この本が書かれたあとで、次々に取り入れています。      (続く)
62 名前:mespesado2018/01/06 (Sat) 17:54:15 host:*.itscom.jp
>>61
 さて、早速本文に進むことにします。第1章の「安倍政権の景気作戦―― 官邸の思惑は当たるか?」には、更に

 1 安倍首相の野望実現に向けたスケジュール
 2 安倍政権下の景気の現状
 3 賃上げから消費につながるか

という3つの小見出しが付いています。
 まず1ですが、この内容がちょっと陰謀論めいています。
 この本が書かれた時点では未来である2016年7月に参院選挙があり、安倍政権は憲法改正が悲願だから、この選挙では公明党に依存せず自民単独で3分の2の議席を取らなくてはならない。そのためにはこの選挙の頃、景気が絶好調になっていなければならない。ところが2012年に決まっていたスケジュールでは2015年10月に消費税の10%への引き上げが予定されており、これを実施したのでは、モロに参院選の時点で景気が悪くなる。
 そこでこの増税を延期すべく、2014年末に「増税延期の信を問う」と言って衆議院を解散し、実際に引き上げを2017年4月に延期した。この時期なら東京オリンピックの特需が始まるので増税しても影響が緩和される。
 しかし増税を延期するには口実が必要だ。そこで、2014年の8%への引き上げによる景気への悪影響を、日銀などによる景気対策を行わずに衆院選まで「わざと」放置して、「ここで更に増税したら大変なことになる」と言って財務省や自民党内の増税派を説得し、黙らせ、とどめとして増税延期を争点に衆院を解散することにより、それでも増税に賛成するような自民党議員を当選できないように縛りを掛けたのだろう。
 ところが、それとは別に、2015年4月には統一地方選があり、その時には景気が回復していて欲しいので、2014年10月に追加の緩和を実施したのだろう。
 そしてこれと消費増税延期の効果が相まって、2016年7月には景気が絶好調となるので、この時点で衆院を解散して衆参同時選挙で両院で3分の2を得て、本命の憲法改正を狙うのだ。
 ところで2014年の衆院解散の意図について、マスコミは2014年第2四半期のGDPがマイナス成長だったという統計が11月に出るので、アベノミクスの失敗が明らかになって政権支持率が下がるのを避けて、今のうちに解散したのだ、という説に立っているが、それはおかしい。なぜなら、2017年4月に(景気条項なしで)必ず消費税を上げると約束したのだから、それ以降は景気が必ず悪くなる。すると、その直前にまた解散しなければならなくなる。しかし、(2014年末に解散しなければ)衆院の任期は2016年12月まであるのだから、そこで任期満了近くに1回だけ選挙に持ち込めば同じことになる。だったら議席を減らすリスクを抱えてまで2度の解散のリスクを冒す必要は無いではないか、というわけです。
 また、安保関連法の成立を急いだのも、2017年7月の衆参同時選挙の頃にはほとぼりが冷めて国民が忘れているだろうことを念頭に置いたのだろう、とも述べています。
 なかなか鋭い推理です。実際そうだったのかもしれません。
 ただ、こういった推理が、あくまで「リベラルな立場を正当」とみなす範囲で安倍政権の小ざかしさを推理することに留まっている点に限界が感じられます。外交上の駆け引きでリベラルのドグマに反する政策を「あえて」断行しているのではないか、というところまでは推理が至っていないようです。  (続く)
63 名前:mespesado 2018/01/07 (Sun) 10:23:48 host:*.itscom.jp
>>62
 次は2の「安倍政権下の景気の現状」です。
 この節こそは、著者の実証的な分析が述べられている部分で、グラフも多用して視覚にも訴え、さすがプロの研究者と思わせる部分です。
 まず最初は「企業倒産の件数と負債総額」の推移のグラフにより、いずれも2013年から低下傾向にあることを示し、アベノミクスが効果を挙げているところは素直に認めています。
 次に「消費支出」の推移のグラフを挙げ、2014年4月の消費税の5%から8%の引き上げによる消費の落ち込みが丁度消費支出の3%分だけ落ちて、その状態が新たなベースとなっていて、決して消費税増税の影響が一時的なものではないことを「家計の収入」の推移と「消費支出」のグラフを重ねて証明しています。
 また、日銀が出したオカネである「マネタリーベース」の増加率と企業の設備投資額が連動していることをグラフを重ねることで証明し、日銀がおカネを出すペースを上げてきた結果、設備投資が増えて景気が拡大したとし、アベノミクスの(少なくとも「第一の矢」については)その効能を素直に認めています。ただ、この本が書かれた時点の2015年第2~3四半期で、中国経済の変調から数値が後退している、そして「設備投資」の先行指標となる「機械受注」も7月は大崩れだ、と警告を鳴らしているのですが、これはその後は持ち直していることが内閣府の統計↓を見るとわかります。http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/juchu/1602juchu.html
 他方で、政府の収入支出については、当初「第2の矢」がらみで公共投資を大盤振る舞いしたが、その後尻つぼみになり、おまけに消費税の増税もあって財政全体が緊縮財政となり、景気の足を引っ張ったと批判しています。
 また、輸出については、円安のおかげで増えているが、これも中国経済の変調でブレーキがかかっていること、また為替の変動がほとんど日米の金利差で決まることをこれまたグラフを重ねて証明するなどとことん実証的に論を進めています。
 そして最後に

>  こうして、いわゆるアベノミクス「第一の矢」の金融緩和によって、
> 輸出と設備投資が増加して、もっぱらそれに支えられて景気回復が進め
> られてきたというのが、ここしばらくの動きだったと言えるでしょう。

>  その一方で、消費税増税で消費は低迷し、政府支出も緊縮気味になっ
> ているために、しっかりした内需に支えられない、弱々しい景気回復に
> なってしまいました。そのため、多くの庶民にとって恩恵の感じられな
> い、回復感に乏しい景気だったと思います。

とまとめています。この本が書かれた時点としては、アンチ安倍の立場でありながら、あら捜しに終始するのではなく、アベノミクスの効用をきちんと評価すべきところは評価している非常に客観的な分析であると思いました。    (続く)
64 名前:mespesado 2018/01/07 (Sun) 11:47:22 host:*.itscom.jp
>>63
 第1章の最後は3の「賃上げから消費につながるか」です。
 前節がもっぱら「生産者側」の動向についての分析だったのに対し、本節は「消費者側の動向」に視点を向けた分析の議論です。 
 著者は消費のカギを握るのは賃金がどれだけ上がるかであると説きます。
 そして、求人倍率のグラフを示してこれが上昇を続けていることを説き、次に(完全)失業率が低下を続けて(2015年7月時点で)3.3%にまで下がっていると説き、更には大学卒業生の実質就職率(=分母を「就職希望者」ではなく「卒業生全員」に取ったもの)が7割を超え、リーマンショック前やデフレ不況突入前の水準をも超えたことたことを説きます。
 更に、よく言われる「雇用は増えてるけれど非正規ばかり増えてるんじゃないか」という批判に対しても先手を打っていて、15歳~65歳までの、いわゆる「生産年齢人口」に占める正規社員の比率も、2007年頃からずっと横ばいだったのが、2013年から上昇していることをグラフで示すことによって反証しています。
 そして全体で非正規社員が増えているのは、団塊世代が退職後に非正規で再雇用されていることや、今まで働きに出ようとしなかった主婦がパートに出るようになったためであることも、またグラフを使って証明しています。
 また、一人当たりの賃金が低迷していることについても、年功序列賃金により、新規採用者が増えれば平均給与は下がることから、必ずしも給与水準の悪化を示しているわけではないことや、各世帯で働く人が増えることにより世帯収入はほとんど変化が無いことに注意を促した上で、賃金の水準を見るには「日本全体での賃金の総額」の推移を見たほうが良いと提言し、それ(名目雇用者報酬)が安倍政権になって以降は上昇傾向にあることをグラフで証明しています。ただし、これは2015年前半までの統計ではリーマンショック前の水準にはまだ達しておらず、2013年以降の伸び率が2.3%でしかなく、この間の(消費増税分を含んだ)物価上昇をカバーできていないため、消費が低迷しているのは当然だ、と述べています。
 更に、経済学で有名な、「失業率」と「名目賃金上昇率」の間に「フィリップス曲線」という逆相関の関係があることを引き合いに出して、失業率の低下から賃上げが見込まれ、実際2015年の春闘では1998年以来17年ぶりの高水準の賃上げが実現したことに言及しています。
 以上が第1章の内容ですが、安倍政権批判の立場にありながら、その経済政策の優れた点は素直に評価している点は好感が持てます。
 また、「消費税」についても、次のような説明をしているところがユニークです:

 消費税というのはもともと、それによって消費を減らして、消費財をつく
> っていた人手を浮かせ、それを政府支出先で必要になる人手にまわすため
> にあるものだからです。税金と言うのはもともとそういうものです。

 消費税に関するこのような説明は、Wikipediaを始め、どこを探しても見たことが無かったので目から鱗です。そもそも「はじめに」で、野党が掲げるべき政策として

> 日銀がおカネをどんどん出して、それを政府が民衆のために使うこと

ということを提言している松尾さんが、金融緩和や税金について、財務省のポジショントークとしか思えない主張に終始する経済学の主流派とはまるで正反対の主張で経済の本質に切り込んでいることは、この本の優れた特徴の一つだと思っています。逆に言えば、野党はせっかくこのようなシンパの経済学者がいながら、その意見に耳を傾けなかったことが、今の野党の惨憺たる姿になった主要因であるとも言えるのです。 (続く)
66 名前:mespesado 2018/01/07 (Sun) 14:29:54 host:*.itscom.jp
>>64
 さて、次は第2章の「人々が政治に求めているもの」です。
 この章で著者が言わんとしていることは、「以前から『飽食日本』などと言われ、もう食うに困らない時代になったなどと言われているが、とんでもない。長期不況で労働者は貧しくなっており、国民は福祉や景気回復に非常に関心を寄せている。ところが野党はそんな世論をちっとも理解していないから悲惨な状況になっているのだ。もっと現実を直視せよ」ということなんですが、このことを学者らしく、これまた実に実証的に説明しています。
 まず第1節の「不況でどれほど人々が苦しんできたか」では、ネット世論と電話調査による世論の乖離から入ります。
 ネットでは、選挙時に呟かれるテーマは「原発」「尖閣諸島・北朝鮮」などが多かったのに対し、電話調査では「年金・医療・介護・子育て」や「景気対策」で過半数を占めるなど、乖離が大きく、後者のようなオカネの問題に多くの有権者が関心を持っていること、これに対して安全保障はずっと低い関心しか持っていないことという事実を示し、アンチ安倍の人たちはオカネを欲しがると言うことを何か価値が低いことのように看做していて、この事実から目を背けているのではないか、と疑問を呈します。
 また『飽食日本』への反証として、「20歳代の栄養摂取量」の推移のグラフを示し、1970年をピークに一貫してエネルギー摂取量が減り続けていると説きます。ただしエネルギーだけだと食生活の多様化やダイエット・ブームの影響もあるだろうからということで、同時にタンパク質の摂取量の推移も調べると、こちらの方も、今世紀に入ってからエネルギー摂取量とほぼ重なり合うようにして減り続けていることを示し、これはダイエットや食生活の多様化では説明が付かない、やはり真の貧困が原因であろうと説きます。
 更に追い討ちをかけるようにして、「20歳代の失業率」と「エネルギー摂取量」の推移のグラフを重ねることにより、この両者が見事に逆相関の関係にあることを明らかにします。更に、ちょっと悪乗りし過ぎじゃないかと思うようなw調査として、「失業率」と「児童買春被害者数」の推移の間に性の、もとい正の相関があるグラフとか、「15~19歳女性の淋病感染症報告数」と「高卒女性就職率」に負の相関があるとか、「男性完全失業率」と「男性自殺死亡率」にほぼ完全な正の相関があるという結果も載せています。
 ただし、「20歳代の失業率」云々以下の(逆)相関の議論は、その結果は見事なのですが、いささかミスリーディングです。なぜなら、これらの関係は、あくまで1995年頃以降のデータを用いた「相関の有無」に関する研究結果であるに過ぎず、2012年以降の「安倍政権下」で「エネルギー摂取量」や「失業率」や「高卒女性就職率」が「悪化している」ということを示したものではないからです。
 次の2「不況に苦しむ人々に見放された『市民派の迷走』」では、安倍政権下の自民党政治に対抗しようとした多くの政治勢力が、その後の選挙でボロ負けし続けてきたことの総括に進みます。例えば、2013年の参院選挙で「生活の党」「みどりの風」「緑の党」が合わせて29人立候補しながら当選ゼロだったこととか、2014年の都知事選で細川候補が惨敗したことなどを挙げて、「脱成長」とか「財政の無駄の削減」など、まるで景気拡大が悪いことであるかのようなスローガンを掲げて惨敗してきたことを指摘します。特に2014年の都知事選については、細川陣営が、自分の方が後から出馬を表明したにもかかわらず同じリベラル系候補の宇都宮候補に降りろと圧力をかけ、蓋を開けたら当選した舛添候補の半分以下どころか宇都宮候補をも下回ったことについて、舛添・宇都宮両候補と“極右”の田母神候補が、いずれも景気拡大策を公約に掲げて善戦したこと、これに対して細川候補は脱原発は主張したものの景気対策には無策で、特に若い世代には相手にされなかった、ということを、「得票率」と「一人当り税額(=所得の代替指標)」の相関などにより明らかにしています。
 次の3「不況を恐れる世論をつかむ安倍首相」では、著者は安倍政権の個別の政策には反対の方が多いのに、政権への支持はしっかり掴んでいる点に注目します。実際、「集団的自衛権」「安保法案」「川内原発再稼動」についてはいずれも過半数の世論が反対しているのに、そして「安倍政権」の不支持率が支持率を上回ったのに、自民党の支持率は41%もあるという、個別の政策と与党に対する支持不支持の「逆転現象」について、「やはり景気のことしか考えられない」と結論付けます。
 さて、私は以上の点について、やや懐疑的です。確かに景気問題は国民の最大の関心事だとは思いますが、外交政策についても安倍政権が支持されている一つの大きな要素ではないかと思うのです。それを端的に示す例が次の一文です:

>  ちなみに、戦後70年の首相談話に、「お詫び」「侵略」「植民地支配」
> のすべての文言を入れたほうがいいと答えた人は35.1%あります。
> 「お詫び」を入れないというのが26.4%、どれも入れないというの
> が24.2%ですから、「世論が右傾化している」と言われながらも、
> 相対多数の国民は充分正気なのです。しかし、民主党や共産党や社民党
> や、それらしい政党の支持率を全部かき集めても、とうてい35.1%
> には及びません。

 著者は、残念ながら、いわゆる「河野談話」世代の人にありがちな「ごめんなさい外交」を是とする価値観に未だに浸っていますが、これらがいわゆるウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム的な洗脳に過ぎないことは、その事実が世間にかなり知られてきたことであり、実際に上記のアンケート(首相談話の直前に実施)における35.1%という、他の政策に対する過半数のような多数でない“微妙な”数値がそれを表しています。事実、こうした世論を受けてか、実際の首相談話では、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E5%86%85%E9%96%A3%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%A4%A7%E8%87%A3%E8%AB%87%E8%A9%B1にあるように、

> 過去の談話(村山談話・小泉談話)の「キーワード」とされていた、
> 「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「おわび」については、文言と
> しては盛り込まれている。しかし、「植民地支配」と「侵略」について、
> 過去の談話では日本自身が行った行為として明示されていたのに対し、
> 安倍談話では日本の行為との文脈では明確には触れられておらず、いず
> れも一般論としての言及となっている。「侵略」については戦後日本の
> 不戦の誓いの形での言及であり、かつての日本の行為が「侵略」であっ
> たと直接言及することも避けている。また、「痛切な反省」と「おわび」
> についても、過去の談話を引用する形での言及にとどめ、首相自身の言
> 葉としては語らず、首相自ら直接謝罪を表明することも避けている。た
> だし、「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります」と表
> 明している。

という形で決着しています。これも、対中国、対韓国の外交を考えると、実にうまく安倍政権が立ち回っていることが、見える人には見えていると思うのですが、そういった深さを同著書から感じることはありませんでした。
 さて、第2章最後の4「安倍首相の『次の一手』」では、この本出版以降の安倍政権が執拗に景気問題をネタに策を弄して選挙を有利に戦うであろうという予測を述べているのですが、現実は、景気を示す指標の改善も新卒者にとっての就職率の改善も誰の目にも明らかになり、ことさらにそんな小手先の計略を弄さなくてもよくなり、しかも野党はますますバラバラに空中分解してしまった、というのは著者にとってはまことに残念な顛末だっただろうと思われます。     (続く)

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