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「ブランド力」を高める (年頭講話資料) [こども園]

職員会議の前40分間、「年頭講話」の時間をもらって語ってきました。予定の2/3しか語れませんでした。職員数、園長以下25名、幼稚園時代に比べて倍増。なかなか全体が顔を揃える機会もなく、全体職員会議は今日が2回目。当初「『祈り』を通して『心』を考える」という題を考えていたのですが、「新春なんよう49」でO副市長と語った「ブランド力」について考えてみました。O副市長は、幼稚園が耐震診断を経て改築事業が俎上に上った時の福祉課長、彼なくしての現在はありません。その後議会事務局長になってからもいろいろご配慮いただきました。今後の園経営を考えるときの「ブランド力」の重要性は、当初から指摘されていたことでした。「ブランド力」を高めるということはどういうことか、自分なりに整理してみたところです。なお、教育機関に於ける「ブランド力」は、要するに職員ひとりひとりが子どもに向き合うことに喜びをもち、子ども達ひとりひとりの成長に関わりつづけるというかたちで教育機関としての使命を果たしていれば自ずと生まれてくるものです。これから述べることは、その方向性についてどう考えてゆけばということ、と語って本題に入りました。

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  平成28年 年頭講話資料          2016.1.8 1900


「ブランド力」を高める


外から「よく見える」ようにと意識することではない。


「いま」が大事


・「北欧の教育の連続性から何を学ぶか」シンポジウムについての報告(「私幼時報」2016.1 京都光明幼稚園/田中康雄副園長)

《フィンランドでは、全ての子どもに教育指導計画を作り、子ども一人ひとりの存在を見つめていこうという方向性を公的に出しています。 私たちが特に学ぶべき点は、未来志向(becoming)の危険性です。今ここにある生(being)を無視し、将来こういう風になるからこうせねばならないという未来志向が現在を狭めていくというものであり、その部分を私たちも幼小連携において考えるべきです。》


・卒業文集『光の子』(2012.3

《昨年(2011)の三月十一日からもう一年、あの日を境に私たちの心の持ちようも大きく変わったのではないでしょうか。電気が停まってしまい、小さな光とわずかな暖房をたよりに家族みんなが一所に寄り添ってすごしたあの晩のことは、子供たちの心にも深く刻み込まれたことと思います。/ちょうどその頃、太平洋岸の海沿いの人々はそれこそ恐ろしい体験の最中にあったわけで、それに比べれば私たちなどは何のことはないのかもしれない。それにしても、私たちのあの晩の体験は、人がつながることでのぬくもり合いのかけがえのなさに気持ちを向けてくれたように思います。日本人の震災への対応には外国メディアも驚いたそうです。「他の国ではこんな正しい行動はとれないだろう。日本人は文化的に感情を抑制する力に優れている。」と。きっと震災の衝撃によって、日本人の見失いかけていたものが霧が晴れるように見えてきたのです。/毎日ばたばたしていた二十年ぐらい前に読みかけて「もっと落ち着いた気持ちで読まねばこの本に申し訳ない」とそのままにしてあった本を最近読み心打たれました。ミヒャエル・エンデの『モモ』です。「時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語」の副題がついています。全くかざりっけのない素朴な女の子モモは、人間から時間を奪い、そのことで人間の仕事から本来あったはずのやりがいを奪い、ささくれだった日常をもたらしている犯人灰色の男たちに戦いを挑むのです。エンデは暗に、お金本来の機能を超えた利息を付けることで、個人から国家まで、お金に追われるゆとりのない世の中にしてしまった仕組みを批判したとも言われます。モモは世の中のもろもろの虚飾とは無縁の女の子です。モモは、時間を司り人間ひとりひとりにその人の分として定められた時間を配る役割のマイスター・ホラの案内で時間の源へとやってきます。すばらしいファンタジックな場面が展開されます。大きな振り子がゆれる下、丸天井から光の柱がさしこむ鏡のような池に、咲いては枯れ咲いては枯れてゆく、その都度この上ない美しさと香りを誇る奇跡の花、やがてモモはその動きにあわせて聞こえてくる宇宙の声音をしっかりと聞きとめます。〈そのとき、とつぜんモモはさとりました。これらのことばはすべて、彼女に語りかけられたものなのです! 全世界が、はるかかなたの星にいたるまで、たったひとつの巨大な顔となって彼女のほうをむき、じっと見つめて話しかけているのです!〉モモは、灰色の男たちに打ち勝つ力を手に入れたのです。/今年、本幼稚園は創立六十周年を迎えます。私は創園と共に入園しました。このところずっと、自分自身を反芻しながら、本幼稚園教育の柱は何なのだろうかと思い続けています。そんな時『モモ』に出会いました。モモが見てきた時間の源、実はそれは心の中に広がる世界でした。『モモ』は世界中で多くの共感を得ました。エンデの描いた心の中が普遍性を得たのです。巣立ち行く子供たちが、本幼稚園での教育を土台に、ひとりよがりになるのでない、たしかな心の世界を築いていってくれることを心から願っています。》


「共感」のたいせつさ


・卒業文集『光の子』(2014.3

昨年三月、宮内幼稚園創立六十周年記念行事として、芦名定道京都大学教授に講演していただきました。芦名先生は、私の幼稚園時代の恩師能子(よしこ)先生の甥御さんです。演題は「子どもたちの未来へ―幼児期、そして人生における『祈り』の意味」です。宮内幼稚園の創立者と言ってもいい賀川豊彦先生の幼児教育論をめぐって、大きく二つのことを語られました。/まず第一に自然との関わりの大切さということでした。賀川先生が最初に宮内を訪れたのは昭和七(1932)年、ちょうど五・一五事件の直後のことで「花すぎて緑の山に小鳥啼く世の騒がしさ気にとめぬごと」という、今も変わらぬ宮内の風景を彷彿させるような歌を残されているのをありがたく思い起こさせられました。/もうひとつが幼児教育における「祈り」の意義です。宮内幼稚園らしさとは何だろうかを考えた時、自分自身の記憶をたどっても、その答えとして今言えるのは「お祈りの習慣」です。芦名先生は、声を出し心をあわせてみんなで祈ることの意味について語られ、こう結論づけられました。/「お互いに祈ることができるような、心を一つにすることができるような、そういうことがすごく重要だろうということを感じる訳です。で、そのことが、子どもたちがまず身につけて欲しいことです。他人と共感できる、自然の中で生き生き生きる。そういう風な人間になってもらいたい。これが幼児教育の、おそらくは、到達するべき目標、ここを目指してゆく。賀川豊彦は、そういうふうな教育の種を宮内に播いたわけです。」/今から二十年ほど前、ミラーニューロンという、視覚、聴覚のような感覚器官同様に備わる共感神経の存在が確認されました。DNA発見にも匹敵すると言われます。人は「自分」という意識以前に、お母さんと赤ちゃんがそうであるように先ず感覚的に共感しあっているのです。それは考える以前、理屈抜きです。心をあわせてみんなでお祈りする習慣は、その共感神経の働きを活発にしてくれると考えられます。まさに宮内幼稚園が大事にしてきたところです。最近の人間はなまじ「自分」を強調するあまり、せっかくの共感神経の働きが後退しているかもしれません。そうならぬよう、幼児期のうちにしっかり共感能力の基礎固めをしておくのです。そうして宮内幼稚園で培われた力は、生涯にわたってみなさんを支えてつづけてくれるはずです。/今宮内幼稚園は、「宮内認定こども園」として新たなスタートを切るために、雪の中着々と工事が進んでいます。場所が変わり名前が変わっても「宮内幼稚園らしさ」はしっかり受け継がれてゆくにちがいありません。》


キリスト教保育



《神に仕えるほうが人に仕えるよりもよい点は、人の前では思わず自分をよく見せようとし、悪く見られると腹が立ったりするが、神の前ではそれが全然ないことである。神は君がどんな人間か知っていて、誰も神の前で君を誹謗することはできないから、君は別に表面をつくろう必要はなく、ただ実際によりよき人となるよう努めればいい。》(トルストイ『文読む月日・下』1121日 ちくま文庫)



《次のキリストの最後の訓誠は、彼の教え全体を表現している。/”私があなたたちを愛したように、あなたたちも互いに愛し合いなさい。もしあなた方が互いに愛し合えば、あなたたちが私の教え子であることをみんなが知るでしょう”/キリストは、”もしあなたたちがあれを信ずれば”とか”これを信ずれば”とかは言わないで、”もし愛し合うならば”と言っている。信条などというものは、人々の意見や知識の絶えざる変化につれて変化する。それは時間と結びついていて、時間とともに変わるのだ。しかし愛は時間を超える。愛は常住不変である。》(『文読む月日・上』18日)


・愛(アガペー)は「御大切」と訳されていた


「愛はその結果によって人に幸福を与えるのではなくて、愛そのものによって与えます」

「毒々しい言葉に対して優しい言葉で答え、ひどい仕打ちに対して善をもって酬い、一方の頬を打たれたらもう一方の頬も差しだすことは、悪意を鎮めるための最も確実な、常に万人にとって可能な方法である。」(トルストイ)


《およそ物事は、それを実際生活で経験してみなければ、その善し悪しはわかりません。もし農夫が裸麦は筋播きのほうがいいと言われたり、養蜂家が巣箱は枠型のものがいいと言われたりしたら、賢い農夫や養蜂家だったら、本当にそうかどうか実験してみて、その結果次第でその言葉に従うか従わないかを決めるでしょう。/実生活においてもすべてそのとおりです。愛の教えがどれくらい実生活に適用できるか、実験してごらんなさい。何よりもまずやってみてください。一定の期間でもいいから、とにかくすべてにおいて愛の要求に従う誓いを立ててみてください。何事につけても、何よりもまずら朝夕が泥棒であろうと酔っぱらいであろうと、横暴な上役であろうと手下のものであろうと、すべての人と接触する際に愛情を失わないような、換言すれば相手と交渉を持つとき、自分にとってではなくて、相手にとって何が必要かを考えるような生き方をしてみてください。そんな具合に一定の期間暮らしたあとで、そのあいだ自分が苦しかったかどうか、自分の生活を悪化させたかそれとも改善したかどうかを自問して、その実験の結果によって、実際に愛の実践がわれわれの生活を幸福にするか、それともそれは言葉だけなのかの結論を出してください。/どうか試してみてください。人が自分に加える悪に対して悪をもって酬いる代わりに、よからぬ生き方をしている人の陰口を言う代わりに—そうした類のことをする代わりに、どうか善をもって悪に酬いるように、人の悪口など言わないように、家畜や大に対してもひどい扱いはしないで、優しく、愛をもって接するように努めてみてください。/そんな具合に一日、二日あるいはそれ以上(実験と思って)やってみて、そのあいだの諸君の精神状態を従来の精神状態と比較してみてください。そうすれば諸君は、以前の陰鬱で、腹立たしくて重苦しい気分から、明るく楽しく喜ばしい気分になれることがわかるでしょう。またそんな具合に二カ月、三ヵ月と暮らしてみれば、諸君の精神的喜びがどんどん大きくなり、諸君の仕事は崩壊するどころか、ますます成功することがわかるでしょう。/親愛なる諸君、どうかそれを実験してみてください。そうすれば愛の教えが単なる言葉ではなくて、実際に重大な事柄、万人にとって最も身近で、理解しやすい、大事な事柄であることがわかるでしょう。》(「互いに相愛せよ(ある青年団へのメッセージ)」『文読む月日・下』) 


祈り


・祈りは、「善意」「善良さ」に勝利をもたらすための最高の武器。

「善良さはすべてを征服し、自らは何ものにも征服されない。」(トルストイ)

「いかなるものにも抵抗できるけれど、善良さには抵抗できない。」(ルソー)


どういう時代がくるか 


お金に換算できないものの大切さがわかるようになる


・《先頃、『スマート・テロワール』という本を書かれた松尾雅彦さんというカルビーの元社長さんのお話をお聞きしました。父親からかっぱえびせんの会社を引き継ぎ、三十億の売上を一千億にした方です。スマート・テロワールとは、できる限りの自給を目指す地域単位のことで、全国に先駆けて「置賜自給圏推進機構」が設立されて動き出しています。/ 松尾さんは「三十年後の置賜がどうなっていてほしいか、その夢を描くことから始めなさい。」と語られました。二十四年前、私たち仲間が共に崇敬していた人から「自分の実力の百倍の目標設定」を迫られ、「二十一世紀置賜は世界の中心になる!」と宣言しました。あらためて振り返ってみると、その都度の行動は行き当たりばったりのように見えても、たしかにその方向に沿った道筋がたどれます。目標設定によって、気持ちの方向が定まり、自分なりに納得できる道を歩んできているのです。/ 「三十年先」であったり「実力の百倍」であったり、少々途方もない方が、夢を描くにはいいようです。自分がほんとうに求めているのは何なのだろうか、ゼロの地点に立ち帰って出発できるのです。/ 私が「三十年後の置賜」でイメージしているのは、物やサービスのやりとりが、ほとんど何でもタダでできる世の中です。なんでもお金に換算されてしまうようになっていますが、ものをあげたりもらったり、助けたり助けてもらったりのやりとりは身のまわりにまだまだあります。そんなやりとりを大事にしてゆくのです。「千人共働き」いう言葉を聞いたのは南陽学園第二代理事長の石黒龍一郎さんからでした。「千人いればお互い助け合いながらなんとか生きてゆけるもんだ」というのです。それを二十二万置賜に広げるのです。/ 小学校への一歩を踏み出すこの時、お子さんにとっても保護者の方にとっても、途方もない夢を描いてみるいいチャンスです。》(「夢をもつこと」『光の子』2015.3


「ドラえもん」の世界はそう遠くない


・予言書『限界費用ゼロ社会 〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』(ジェレミー・リフキン NHK出版 2015.10

《いま、経済パラダイムの大転換が進行しつつある。その原動力になっているのがIoT(モノのインターネット)だ。IoTはコミュニケーション、エネルギー、輸送の〈インテリジェント・インフラ〉を形成し、効率性や生産性を極限まで高める。それによりモノやサービスを1つ追加で生み出すコスト(限界費用)は限りなくゼロに近づき、将来モノやサービスは無料(フリー)になり、企業の利益は消失して、資本主義は衰退を免れないという。代わりに台頭してくるのが、共有型経済だ。人々が協働でモノやサービスを生産し、共有し、管理する新しい社会が21世紀に実現する。世界的な文明評論家が、3Dプリンターや大規模オンライン講座MOOC(ムーク/Massive
Open Online Couses
)などの事例をもとにこの大変革のメカニズムを説き、確かな未来展望を描く。21世紀の経済と社会の潮流がわかる、大注目の書!》

 

まとめ


賀川豊彦先生の願いに地域が応えて宮内幼稚園としてスタートして六十二年、宮内幼稚園としてのこれまでの歩みは誇っていい歩みと考えています。何もかもお金に換算されてしまう世の中になってしまった感がありますが、日々の暮らしの現実をみれば決してそんなことはありません。お金に代えることのできないひとりひとりの思い、お互いの思いやり、そこから生まれる助け合い、そういうものがわたしたちのくらしを、そして世の中を支えているのです。宮内幼稚園は、あくまでそのことをしっかり見据え大切にしてきたところに保育の伝統があると考えています。たとえ世の中がひとりひとりの思いとかけ離れて進んで行くように見えても、ひとりひとりの思いの大切さは変わらないのです。それはおそらく、目の前に居る九十九匹の羊よりも見失った一匹の羊を大切に思うというイエス・キリストの教えにつながっているのかもしれません。目には見えないところにこそほんとうに大切なものはあることを幼い心はごく自然に受け止めます。そんな保育の環境がますますこれから求められると考えます。とはいえ言うはやすく行うは難し、ゼロ歳児から預かる認定こども園になっていよいよ使命は重大です。これまで培ってきた宮内幼稚園としての伝統をしっかり引き継いで、さらに地域にとって、世の中にとってなくてはならない役割を果してゆかねばなりません。》2014.9.19 開園式々辞)


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めい

《保育士も一人の人間として、豊かに生きてほしいと思っています。だから、保育園と家の往復になってしまうのではなく、まちに出ていろいろな人や文化に出会うことを推奨しています。》
《幼稚園教諭や保育士に影響を受けた子どもたちが、20年後には社会をつくる立場になる。そう考えると、彼ら・彼女らが社会をつくっているにも等しい。大学教授くらいの地位があっていいんじゃないでしょうか。》

まちの保育園 http://machihoiku.jp/kotake/mechanism/
「まちの保育園の保育の本質は、こどもたちのために、保育者、保護者、まちの人がなす毎日の「対話」の中にあると考えています。」

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0歳から6歳までの環境が、将来の年収を大きく左右する
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160503-00001707-cakes-life
cakes 5月3日(火)18時0分配信


地域に開かれた新しい保育を実践する「まちの保育園」を経営する松本理寿輝さん。じつは、一橋大学商学部を卒業後、博報堂に入社。その後ベンチャーの副社長になるという、一見、保育業界からは遠いキャリアを歩んできました。大学時代は、意外にも雑誌編集に夢中になっていたとか。しかしこれらはすべて、いまの保育園経営につながっているのです。大学の先生に薦められて行った、児童養護施設でのボランティアが、人生を大きく変えるきっかけになったという松本さん。今回は、「まちの保育園」にたどり着くまでのお話です。

●かわいいだけでなく、たくましい。子どもの可能性に気づいた日

――松本さんは、大学時代は商学部で経営について学んでいたんですよね。そこから、どのようにして保育園にたどり着いたんですか?

大学時代は、けっこう頭でっかちだったなと思います。経営学や経済学を専門としていたのですが、そこで言われている「価値」というのが何なのか、よくわからなくて悶々としていました。同時に、いまはブック・コーディネーターとして活躍している内沼晋太郎くんが同級生にいて、一緒に雑誌をつくっていたんです。彼が編集長で、僕がアートディレクター。いわゆるカルチャー誌で、著名な方に取材させていただくなど、かなり精力的につくっていました。編集部では、「これから、情報はすべてネットに流れていくだろう。それでも紙媒体は何らかの意味で残るはずだ」といった議論をよくしていました。

――いま議論されているようなことを、15年以上前に話されていたんですね。

そうですね。そんな大学生活だったのですが、あるとき授業で、児童養護施設でのボランティアに行く機会がありました。それまで私は子どもに対して、「かわいいな」としか思っていなかった。でも、そこの子どもたちと触れ合ううちに、自ら学び、育っていくたくましさもある存在だということを知りました。子どもは可能性の塊なんです。子どもって、おもしろい! そう思って、幼児教育について調べていき、子どもたちの育ちや学びを中心に据えた、グランドデザインに現場の経営の立場で携わっていきたいと思ったんです。

――そういう想いにたどり着いたのは、いつのことでしょうか?

大学3年のときです。でも、学生の立場でいきなりグランドデザインなどできるわけもない。進み方も見えなかったので、どうしようと思っていました。そうしたら、お話を聞いていた保育関係者の方が「一度、社会を広く見てきたら?」と言ってくださったので、就職をすることにしました。教育はコミュニケーションが本質だと思っていたので、広告代理店を受け、縁あって博報堂に入ることになりました。そこで、教育企業のブランドマネジメントを仕事を通して学ぶことができたんです。

――ここでも、保育園経営につながりそうなお仕事をしていたんですね。

運が良かったと思います。クライアントとの話し合いでは「理念と経営のバランスが大事」ということをよく言っていたのですが、果たして自分が経営するとなったときに、それができるのかなと思いました。そこで、会社の先輩に「経営を学ぶなら、自分で経営するのが早い」というアドバイスをいただき、博報堂をやめて、まずは友人と会社を立ち上げることにしました。経営はすごく大変でしたが、なんとか軌道に乗って落ち着き始めたところで、独立したんです。

――保育園設立に向けて、動き始めた。

はい。2009年から準備を始めて、2011年に「まちの保育園 小竹向原」を開園しました。その後、2012年12月に「まちの保育園 六本木」を、2014年10月に「まちの保育園 吉祥寺」を開園しました。

●0歳から6歳までの環境が、人生を大きく左右する

――まちの保育園では、ほかの保育園にはない取り組みをいろいろされていますが、保育士さんに対しても特別な研修をおこなっているのでしょうか。

一番大事にしているのは、対話です。子どもという存在をどうとらえるか、保育をどのように展開するかについて、保育園としては意思統一をしていく必要がある。そこには、対話が不可欠です。また、まちの保育園での教育は、体系化された知識を教えこむのではなく、子どもたちとともに学び合っていくスタイルをとっています。いま教育業界でよく言われている、アクティブラーニングというものですね。それを実現する上でも、保育士同士、保育士と子ども、保育士と保護者が対話をしていくことが必要です。だから対話が日常的におこなわれるように、意識的に設計しています。

――保育士自身が、どういう人間なのかということを問われそうですね。

保育士も一人の人間として、豊かに生きてほしいと思っています。だから、保育園と家の往復になってしまうのではなく、まちに出ていろいろな人や文化に出会うことを推奨しています。子どもたちのことももちろん、自分たちについての対話もよくするんです。趣味を語り合うなど、大人のための企画もけっこうやります。

――今は、保育士の処遇や人手不足など、保育士にとっては厳しい状況がニュースになっていますよね。

OECD加盟国における調査で、小学校教諭と幼稚園教諭・保育士の差は、小学校教諭を100とすると幼稚園教諭・保育士は平均で94くらいなんだそうです。でも、日本の場合は、幼稚園教諭・保育士が61まで下がる。幼稚園教諭や保育士は、低い処遇で働いている現状があるんです。

一方で幼稚園教諭や保育士が携わる0歳から6歳までの人格形成期というのは、その人の人生にとって非常に大事な時期です。アメリカで幼児期から大人になるまで追跡調査をしたら、0歳から6歳までよい養育環境にいたとされていた子どもたちは40年後、社会的地位がそれなりにあったり、年収が高かったり、犯罪率が低かったり、結婚して子どもがいる率が高かったりしたそうです。何がいい人生なのかは議論があるかもしれませんが、養育環境が子どものその後の人生に影響を及ぼすということが実証された。また、学習においても、0歳から6歳までの環境が、小学校、中学校、高校まで影響するという調査結果もあります。

――本当に大事な時期なんですね。

そういう認識をみんなが持てば、幼稚園教諭や保育士に対する意識も変わるのではないでしょうか。幼稚園教諭や保育士に影響を受けた子どもたちが、20年後には社会をつくる立場になる。そう考えると、彼ら・彼女らが社会をつくっているにも等しい。大学教授くらいの地位があっていいんじゃないでしょうか。もっと、社会的処遇も上げるべきだと思います。

構成:崎谷実穂
企画:早川書房
Tokyo Work Design Week

by めい (2016-05-04 05:35) 

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