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大井魁先生の「ナショナリズム論」、その現在的意義(6) [思想]

7 歴史教育に求めるもの

 

 この一文の冒頭に、日本帝国とその大戦争とを体験しない純粋日本国民か育ちつつある、と述べた。かれらは”くに”の意識や国家感覚をもっていない。かれらに、日本人の生いたちの晴れがましさと不幸と汚辱とを語り伝えて追体験させるのは、そして”くに”の一員としての意識をもたせるのは、いまの四十代以上の、ほぼ成年として帝国臣民であったことのある世代の共同責任であると思う。われわれは、ナショナリズムという言葉から天皇制と天皇主義、ならびに右翼団体と右翼運動を想起することにならされている。しかしロシヤ革命にせよ、中国革命にせよ、最近のキューバ革命にせよ、いずれの左翼革命もナショナリズムと密接に結びついているのであって、ナショナリズムは右翼とのみ必然に結びつくのではない。今の日本において成立可能な、成立させることの緊要なのは、右翼ナショナリズムでないのはむろんのこと、革命的ナショナリズムでもあるまい。むしろ保守と革新の両政治勢力をして、国民的利益をめぐって、効率の高い政争を展開することを可能ならしめる舞台を用意することこそ、新しいナショナリズムの役割であろう。

 日本国の視点からする日本帝国の再認識という仕事は、歴史学の仕事である。唯物史観の公式主義的歴史記述が昭和三十年前後に、いわゆる。昭和史論争によって批判されていらい、国民の立場からする日本の歴史が歴史家によって書きすすめられている。それらの努力が、明日の日本国ナショナリズムの形成という目標のもとに行なわれることを、要望したい。

 また日本国のナショナリズムを純粋日本国民の意識に根づかせる方法として期待することができるのは、日本の現状に突発的危機が訪れないかぎり、ジャーナリズムでも政党の活動でもなく、それは小学校から高等学校にいたる教育の場であろう。今の学校教育は、小学校から大学にいたるまで、両親と児童生徒の私的目標の追求を援助し拍車をかけることに終始している。教育の客観的機能は、私的目標の追求ということを超えて働いているとしても、教育の現場における意識においては、”くに”の運命にかかわる仕事という認識や自覚がなく、ただ私的目標追求の時代のムードに押し流されている。しかし、教育は、数十年後の”くに”の運命を左右するのである。そのことを知るのに、日本帝国の天皇制教育が国民の精神にどれだけ刻印を刻みつけたかをふりかえってみる必要もあるまい。何よりも望まれるのは、日本の五十万の教師の自覚である。日本国の理性的ナショナリズムの形成は、まず日本の教師たちの先覚者的任務の自覚からはじまらなければなるまい。(完)


   *   *   *   *   *


《何よりも望まれるのは、日本の五十万の教師の自覚である。日本国の理性的ナショナリズムの形成は、まず日本の教師たちの先覚者的任務の自覚からはじまらなければなるまい。》


日本の教育界は大井先生のこの求めにどう応えたのだろうか。実は一昨日の晩、米沢市内で二人の高校長経験者を含むほぼ同年の6人で飲む機会があったのだが、その席で思いがけないことに、「私は大井先生の考え方とは反対の立場だった」と明言する、大井先生とはかつて同僚でもあったことのある、私の先輩の言葉を聞くことになった。大井先生が在任する現場にしてすでに明白に「反大井」はあったのである。その先輩の経歴からして、おそらくは「反大井」は現場の大勢であったのではないか。むしろ果たして、心から大井先生に心服する教師はどれだけいたのか・・・大井先生の身辺にしてこうだったのである。日本の教育界全体においてをや、ということであろう。


私はこのたび大井論文にじっくり取組んでみて、私の「新しい歴史教科書をつくる会」に対する姿勢が大井先生の議論上にあったことに気づいて驚いている。この論文が書かれたのが昭和38年、その翌々年、高校3年に大井先生の日本史の授業を受けている。高校時代いちばん良かったと思える授業だった。ノートでも探し出してみないことには具体的にどんな授業だったのかはほとんど記憶の彼方だが、その教えはしっかり根付いていたのかもしれないと、今あらためて感慨深く思う。本気の教育はしっかり心に沁みこんで、いつか必ず人を動かす—動かされた者の謂いである。


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