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日本人の心をねじ曲げる「政教分離」 [日本の独立]

官に身を寄せる人の口からこれまでどれだけ「政教分離」の言葉を聞いてきたことか。官は宗教に関わってはならない。文化財ならいいけれど。そうしてつくられたのがこの種の看板。
DSCF0002.JPG

官が神社にしてあげられるのはここまで。官にとって、神社はおまいりするところではなく見物するところ。
この感覚が戦後の日本人の心をどれだけねじ曲げてきたことか。

平成4年のべにばな国体。南陽市はソフトボールの会場になり、高円宮御夫妻においでいただいた。さらに晴れがましくも熊野大社にお出でいただけるという。私も遠くそのお姿を拝することになった。しかし、両殿下の御神前での拝礼は一度も無かった。聞けば、政教分離の故とのこと。両殿下は、太々神楽を見物なされただけなのだという。あの時の、なんとも腑に落ちない思いをいま思い出した。

こんなことを書いたのは、昨日の山新記事「政教分離もほどほどに」(木下直之東大教授)に共感したからです。

政教分離もほどほどに.jpg
「本当は手を合わせて拝むべきものだということを忘れてはいけない」。

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