粡町よもやま歴史絵巻 [地元のこと]
「週刊置賜」6月25日号に掲載されましたので転載しておきます。
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「宮内よもやま歴史絵巻」
宮内粡町通りで歴史を学ぼう!
このほど宮内の粡町通りに「宮内よもやま歴史絵巻」と銘打つ7枚のパネルが展示され、足を止めてじっと見入る人も多く見られる。十三店からなる粡町商店街(菊地二男会長)が南陽市商店街まちづくり活性化推進事業費補助金を受けて作成したもの。
粡町は双松公園から見下ろすとすぐ下に見える南北通り。かつて小滝行きのバスや吉野鉱山のトラックが行き交っていた頃は商店が軒を並べ、製造直売の菓子店が三軒もあるほどだった。しかし一昨年、最後の菓子店が南陽高校の通りに移転したこともあり、なんとか商店街としての起死回生を図ろうと、置賜文化フォーラム等の補助金を得て「南陽『天地人』絵巻」の布幕を展示して話題を集めた。永続的展示を望む声もあったが、布製のため長期間の展示は難しいので、新たに恒久版として90×180cmのアルミ複合板で作成した。
「南陽『天地人』絵巻」は、大河ドラマ「天地人」の主人公直江兼続の母の実家が、上杉藩の国替えの際、信州飯山から宮内宮沢城主となった尾崎家であることなど、「天地人」をテーマにした展示だった。今回の「宮内よもやま歴史絵巻」は、宮内熊野大社の位置の不思議を紹介した「置賜の床の間 宮内」や、元和九年(1623)、安永四年(1775)、明治八年(1875)の粡町地図を掲載した「粡町通りの移りかわり」など、歴史地理全般にも及ぶ。そのほか、「直江兼続の母の実家 尾崎氏」をはじめ、直江兼続の妹を妻に迎えた「金山城主 色部氏」、日本に最初に伝来した仏像をお乗せしてきたと考えられる熊野大社所蔵の「善光寺神輿」、宮内勢も大活躍した「長谷堂の戦い」、兼続が越後から導入した青苧までさかのぼる「宮内の菊まつりの源流」で、一昨年の絵巻をさらにわかりやすくした内容になっている。
商店街事務局では、「菊まつりの会場が市民体育館の方へ移ることになり、宮内のかつての賑わいの記憶もどんどん歴史の彼方に遠ざかっていってしまいつつある。若い人に足元の歴史を知ってもらうことで自分の地域に誇りを持つようになって欲しい。デザインも若い人にお願いしてつくった。歴史の材料には事欠かない宮内地区なので、今後できればさらに増やしていきたい。少数精鋭の商店街なりに少しでもまちの魅力をつくっていければと思う」と語っていた。
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