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長谷川三千子著「神やぶれたまはず」を読む [神やぶれたまはず]

これほど力強い本をかつて読んだことがあったろうか。《いかにして「我々の神学」をうちたてるか》という切実な課題に明確に答えようとする著。今のままの状態がつづけば、日本人の精神はずるずるとメルトダウンしてゆくしかない。そのぎりぎりの瀬戸際にあって、防戦一方の体勢から反撃に転じる確かな橋頭堡を築くことに成功した。われわれは、ここから出発すべきである。


以上は最初に読み終えた直後の感想である。再読の必要を感じて、あらためて蛍光ペンでマークしながら二度目を読み終えた。いま上の感想を見て、なるほどと思った。読み終えての心の高ぶりは、一度目と変らない。


昭和16年天長節観兵式.jpg

昭和16年天長節(429日)観兵式、昭和天皇が愛馬白雪に召させられた勇姿の御写真がわが家に大切に保存されてきた。まさにそのお姿は、凛と言うにふさわしい。戦後生まれの我々が接してきた昭和天皇のお姿からすれば、その雰囲気はむしろ別人にさえ思えて戸惑う。思えばその戸惑いは、私の祖父の戦前の写真を見たときの戸惑いに通ずる。


祖父は明治22年(1889)の生まれ。若い頃から神社行事に奉仕し、日露戦争では看護兵として朝鮮に出兵。消防団や地区自治会活動の中心を担い、戦時中の金属供出には地区の先頭に立ってかき集め役をやったらしい。祖母が「だから家には何にもない」となかばあきれた風に語ったのが忘れられない。祖父が亡くなったのは私が大学の4回生の時だったが、祖父から直接戦前の話を話を聞いた記憶がない。私の知る祖父は、真面目そのものではあったが、いつもどこか頼りなげであった。思えば、世間の祖父への評価に比して、祖父自身、自分を低くしていたように思う。職人的な仕事には一途であったが、金銭勘定は二の次だった。祖父の戦前の写真は、私に対しては見せたことのない凛とした姿だった。私は現実の祖父とはかけ離れたその姿の祖父に憧れていたかもしれない。勤めをやめて染物の仕事をすることになったのは、祖父の夢を見たのがきっかけだった。

 

長谷川三千子著『神やぶれたまはず』は、昭和天皇と私の祖父をおそらくは一変させたのであろう「あの瞬間」に徹底的にこだわり、そこからあの瞬間の「精神史的」意味を探ろうとした労作である。

 

人間にとっての歴史は、人間の意識に発してそれが現実に形になった結果を中心に記述される歴史と共に、必ずしも現実の結果として実現することのなかった内面の歴史についての記述があってもいい。桶谷秀昭氏はそれが「精神史」の方法なのだという。そうした「精神史」からすれば、日本人にとって、昭和20815日のあの一瞬ほど重大な「精神史」的体験はない。 

《昭和208月のある一瞬――ほんの一瞬――日本国民全員の命と天皇陛下の命とは、あひ並んでホロコースト(供犠)のたきぎの上に横たはっていたのである。》(p.282) 

この瞬間こそまさに、「神人対晤」(三島由紀夫『英霊の聲』)の至高の瞬間であった。 

《大東亜戦争敗北の瞬間において、われわれは本当の意味で、われわれの神を得たのである。》(p.282) 

その意味するところ、「イエスの死」に通ずる。すなわち、《「イエスの死の意味」とは、(単にイエスが起こしてみせた数々の「奇蹟」とは違って)まさにキリストが自らの命を差し出すことによって、神と人との直結する関係を作り出した、ということであった。》(p.278) キリスト教は、この一回限りの事件に「超越的」意味を付与することで「神学」を生み出した。とすると、われわれはあの一瞬の出来事に如何なる意味を与えることで「神学」を打ち樹てることができるのか。

 

「神学」は「形而上学」と言い換えてもいい。私自身を省みても戦後日本が見失ったもの、それがまさに「神学」であり「形而上学」ではなかったか。メルロー・ポンティは形而上学を「上空飛行的思考」として斬って棄てた。ある意味私もそれに納得していた。しかし最近になって井筒俊彦に出会った。以下は『井筒俊彦 叡知の哲学』(若松英輔)からの孫引き。 

《現世に於ける人間生活の極致としてのvita contemplativa(観照的生)の理念こそ、まさしくアリストテレス独特の人生観に由来する生の理念なのではなかったか。あらゆる種類の行為的実践的徳に対して、知性的叡知的徳の絶対的優位を断乎として揚挙せるかのスタゲイラの哲人にとっては、神々の生にもまがう純粋観想の浄境こそ、何物にもかえがたき人生の醍醐味であり、地上的幸福の極致であった。》(井筒俊彦『神秘哲学』) 

スタゲイラの哲人とはアリストテレスを指す。アリストテレスは、プラトンのイデア論あるいは神秘論の否認者であったはず。しかしそのアリストテレスによって井筒は、現実世界を超えて在る至福の浄境へと導かれていたのだった。そこはまさに形而上学的な世界である。そこで人間は「脱自(エクスタシス法悦)」を経験する。《すなわち人間の内なる霊魂が肉体の外に脱出して、真の太源に帰没する》(井筒俊彦『神秘哲学』)ことに他ならぬ。

 

若松氏は言う。

《古代ギリシアの哲人たちにとって、観照とは超越者を思慕する神聖な営みだった。それは内面の修道ではあるが、私たちが、外面的世界で経験する以上の試練と危機に直面しなくてはならない、身を賭すべき営為だったのである。・・・彼らは、哲学の始源が人間にあるとは考えない。プラトンが哲学における始源的営為を「想起(アナムネーシス)」と呼んだように、哲学とは考えることではなく、想い出すこと、叡知界の記憶を手繰りよせることだった。》(若松英輔『井筒俊彦 叡知の哲学』) 

ヒューマニズム(人間中心主義)に席巻された戦後日本に対するアンチテーゼと言っていい。私は『神やぶれたまはず』で言う「神学」という言葉を、井筒を思い起こしつつ「形而上学」に置き換えて読んでいた。

 

では、「あの瞬間」からどのような「超越的原理」を抽き出すことができるのだろうか。

 

長谷川氏は言う。

《あの藤田東湖の見た「国体」のかたちが、あらためて上からの愛民、下からの忠義といふ道徳的特性としてたちあらわれていると言ってよいであろう。》(p.281) 

藤田の言う「国体」のかたちとは、「蓋し蒼生安寧、是を以て宝祚窮りなく、宝祚窮りなし是を以て国体尊厳なり。国体尊厳なり是を以て蛮夷・戎狄率服す四者循環して一の如く各々相須(ま)つて美を済(な)す。 

すなはち、天皇が民を「おほみたから」として、その安寧をなによりも大切になさることが皇統の無窮の所以であり、だからこそ国体は尊厳である。そしてさういふ立派な国柄であればこそ、周辺諸国も自づからわが国につき従ふ。これらはすべて一つながりの循環をなしてわが国の美を実現してゐるのだ、といふことである。この全体が、いはば広義の「国体」であると言ふことができて、いはゆる「国体思想」と呼ばれるものは、この全体的な広義の〈わが国の国がら〉を指してゐると考へてよいだろう。》(p.242)

 

新しい歴史教科書をつくる会山形県支部のHPに、長谷川氏の快諾を得て「皇国史観とは何か」「諸君!」平成11年11月号)という長谷川氏の論考を転載させていただき、いまも読むことができる。長谷川氏は《「皇国史観」の再評価ということは、まさにもっとも平和的な企て》との視点で「皇国史観」を論じて十分説得的である。では、「あの瞬間」から抽き出される「超越的原理」とは「皇国史観」であったのか。「本来の皇国史観」からいえば、それでもいいと言えるのかもしれぬ。しかし、橋川文三氏が「イエスの死の意味に当たるもの」の言葉の指し示すところは、さらにそれを超えたその先にあるのではないだろうか。

 

《(橋川)氏は、ヨーロッパの歴史意識成立の背後には、「イエスの磔刑に対する深い共感の伝統」があったと言ふ。そして「世界過程を、イエスの死の前と後に分かつというような啓示的発想は、まさにその死の超越化によって成立したのである」と言って、次のやうに述べるのである。/「私は、日本の精神伝統において、そのようなイエスの死の意味に当たるものを、太平洋戦争とその敗北の事実に求められないか、と考える。イエスの死がたんに歴史的事実過程であるのではなく、同時に、超越的原理過程を意味したと同じ意味で、太平洋戦争は、たんに年表上の歴史過程ではなく、われわれにとっての啓示の過程として把握されるのではないか。》(p.34-35) 

橋川氏は「大東亜戦争」と言わずして「太平洋戦争」と言う。長谷川氏はそれに批判的であるが、私はそこに、橋川氏の「あえて」を見る。橋川氏がイエスを持ち出したとき、日本の内的必然を超えたところの普遍を求めていたにちがいない。長谷川氏の言う如く、橋川氏はそれを見出すことができぬまま世を去った。長谷川氏はその衣鉢を継ぐべく『神やぶれたまはず』の著に挑んだ。そして、われわれがじっと目を凝らすべきその瞬間の構造を描き出すことに見事に成功した。しかし、そこから「超越的原理」を抽き出すのはまだこれからの課題である。日本人としての共通意思は可能か」という問いに重なる切実な課題である。


しかし待て、理に走ってはこの力作の価値を見失う。この著の指し示すところは先ず以て、「神人対晤」のあの瞬間にどこまでも深く深く沈潜してみることだ。そしてそこから自ずと湧き上がり熟成されて紡ぎ出される言葉を静かに焦らず俟つべきなのだと思う。答えを急いではならない。われわれは大きな財産を与えられた。


【追記 26,3,2】

NHK受信料拒否をめぐって、長谷川バッシングが喧しい。しかし私は確信して言う。右も左も長谷川三千子氏のまっとうさこそ学ぶべき!と。

 


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コメント 7

めい

長谷川氏のこの本を普遍化せねばならない。この本を基礎に世界中の人に通用する言葉を、理論を紡ぎ出さねばならない。読み終えた後、このことを切に思いました。その思いから《橋川氏は「大東亜戦争」と言わずして「太平洋戦争」と言う。長谷川氏はそれに批判的であるが、私はそこに、橋川氏の「あえて」を見る。橋川氏がイエスを持ち出したとき、日本の内的必然を超えたところの普遍を求めていたにちがいない。》と述べました。長谷川氏を一部の人の占有物のようにしてはならないと切に思うのです。この本は、世界に訴え出るそれだけの力を持っています。

副島氏が安倍首相の靖国参拝問題に一石を投じられました。副島氏も言われるように、引用された浜矩子氏の文章は、日本人すべからく以て銘すべきです。

   *   *   *   *   *


[1514]安倍の靖国参拝問題が大きな火種に。日本は世界中を敵に回してはいけない。
投稿者:副島隆彦
投稿日:2014-01-09 18:13:51

副島隆彦です。

 急いで書きます。 どうも、「安倍首相の靖国参拝で、日本は世界を敵に回しつつある。アメリカは本気で怒っている。危険な事態になりつつある」で書きます。

 年末の12月26日の安倍晋三首相の、靖国神社参拝は、相当に深刻な事態を生み出しつつあるようだ。以下の 時事通信の 1月3日の記事が重要だ。オバマ大統領は、今年4月のアジア諸国歴訪の旅から、日本だけを除外して訪日せず、安倍首相との首脳会談をしないと決断しそうである。

 私は、年末から不愉快なままであったが、自分の不快感の理由が、ようやく解けた気がする。私は、以下のような質問に対する、大きな反論、反撃の文章を現在、書きつつある。 どこまで読み手たちを説得できるだろうか、と考えながら。

 その質問とは、昨年の中ごろ、さる経営者から、面と向かって言われた。

「副島さん。どうして、靖国の英霊(えいれい)を参拝しに行ったらいけないわけ?  戦争で亡くなった軍人たちの霊に哀悼の意を捧げに行くのは私たち国民の義務だよ。 外国から、あれこれ言われなければいけないわけ? 」 

という 質問である。 これに、私はそのうち、全力で反論して書いて、そしてこの経営者に代表される人々を説得する。穏やかに、コトバの力で、説得(パースウエイジョン)することだけが、人が他の人にできることだ。それ以上はやってはいけない。

 ここで、端的(たんてき)に言うと、United Nations (ユナイテッド・ネイションズ=連合諸国、連合国側の意思に従わなければいけないのだ、ということだ。この 連合諸国=国際連合 がそのまま、今の世界体制( The U.N. ×「国際連合」は愚かな訳語。正しくは連合諸国 )であるのだ。この世界体制を敵に回して、安倍晋三たちは、勇ましい、頓馬(トンマ)の闘いをやっている。 世界とはどういうところか、が分かっていない。

 東条英機(とうじょうひでき)首相(大将)たち、戦争指導者を、死刑にして首を吊ったのは、アメリカの軍事法廷というだけでなく、世界体制なのだ。その東条たちを、合祀(ごうし)して祀(まつ)っている(1978年に)靖国神社は、世界基準での The Tomb of Unknown Soldiers ザ・ツーム・オブ・アンノウン・ソルジャーズ 無名戦士の墓 ではない。東条たちは、戦争指導者であって無名戦士ではない。

 自分たち、世界体制が東条たちの首を吊ったのに、そこに、どうやって、外国の元首たちが、花輪を持って、哀悼の参詣をすることができるだろうか。このことを、日本人は、分かっていないのだ。誰も説明する者がいない。

 日本人の中では、私、副島隆彦だけが、こういうワールド・ヴァリューズ  world values ( 世界普遍価値観、世界基準の考え方)を理解している。そして、それを日本国内に、本の形で広めている。

 昭和天皇が、東条たちの合祀問題があった、1978年以来、靖国への参拝をしなくなって、大きな怒りと共に、ストライキを始めた。昭和天皇は世界を知っている。日本の元首(げんしゅ、sovereign ソブリン、主権者、国王)だったから、世界を敵に回したらいけないのだ、と知っていた。

 だから、広島、長崎に原爆が落とされた後、世界に向かって、日本人(日本国民全部)は、命乞いをして、これ以上もう、皆殺しにしないでくださいと、土下座して、ポツダム宣言を受諾したのだ。

 このことの意味を、今の日本人は、分からなくなっている。世界は、日本国内だけでしか通用しない、愚かな考えに、同意しない。そして、安倍晋三の自分勝手な靖国参拝を受けて、今、一番、怒り狂っているのは、アメリカだ。このことの意味を、愚か極まりない、

 バカ右翼と、安倍晋三を支えている自民党の中の右翼勢力は、反省した方がいい。 世界を敵に回して勝てると思っているのか。この事態では、ドイツでさえも日本の肩を持たないだろう。

 だから、私、副島隆彦が、2007年に、首相になった安倍晋三たちが、アメリカで、「ザ・カルト・オブ・靖国」 The Cult of Yasukuni と呼ばれているのだ、という評論文を書いたのだ。これを、もうすぐ 会員ページに復刻して載せるので、待っていてください。

 まだまだ、書きたいことはあるが、この問題の重要性については、急いで、一冊の本にする。反中国、嫌韓(けんかん)を言い続けて、中国人、韓国人を差別して、下卑(げび)た溜飲を下げていい気になっている、愚か者たちに、私は、「自分たちが、今、世界を敵に回していることに気づかないのか」と怒りの鉄槌(てっつい)を下す。待っていなさい。

以 下は、私がこの一週間で、気づいた範囲で、一番、優れている文章だ。説得の疑問形を畳み掛けるように使っている名文である。浜矩子(はまのりこ)女史の文である。流石(さすが)である。


(転載貼り付け始め)

「 意図(いと)無ければ罪も無しか 」   浜 矩子(はまのりこ) 

 東京新聞   2013年12月29日

 
「もとより、中国あるいは韓国の人々の気持ちを傷つける考えは毛頭ない」。
十二月二十六日、靖国神社参拝後に安倍晋三首相がこういった。

 この発言を含む首相談話の英語版が、首相官邸のホームページに掲載されている。上記の英語バージョンは次のとおりだ。
 It is not my intention at all to hurt the feelings of the Chinese and Korean people.

 日本語の「考えは毛頭ない」に相当する部分が It is not my intention at all の個所だ。 intention は「意志」あるいは「意図」の意味だ。

 「そんな意志は全くございません」「そのようなことは、全然意図しておりません」。こういう言い方を聞くと、たちどころに歯が浮いてかなわない。実に誠意がない。こんなふうにうそぶく人々は、およそ、何をたくらんでいるか分からない。実に腹立たしい。

 意図してさえいなければ、どんな結果を招いていてもいいというのか。許されるというのか。こちらに傷つける意図がなければ、相手は決して傷つかないとでも思うのか。あるいは、こっちが意図していないなら、傷つく方が悪いというのか。勝手に傷つくなら、致し方ない。知ったことか。そういうことなのか。

 この種の発言で突っ走って行く人は、やがて、つぎのようにいうようになる。「そんなつもりじゃなかったんです」。これが出た時は、もう手遅れだ。取り返しのつかないところまで、相手を傷つけてしまっているのである。

 意図が無ければ罪はない。意図が良ければ、悪くない。傷つける意図無き者は、決して相手を傷つけない。これが大人のいうことか。人の足を目いっぱい踏みつけても、意図がなければ、相手は痛がらないのか。相手がいくら痛がっていても、「だって知らなかったんだもん」と舌を出してそっぽを向くのか。その気が無ければ、人を車でひき殺しても、相手は死なないとでも言うのか。こちらにその気が無ければ、相手はひき殺されても仕方がないのか。

 かくも幼児的感覚で、政治が執り行われていいのか。政策が形成されていいのか。

 子どもと大人の最大の違いは、どこにあると考えるか。答えは明らかだ。それは、人の痛みが分かるか否かにある。新生児には、人の痛みが全く分からない。そこから出発して、人間は次第に人の思いに心を配るようになる。そして願わくば、人の痛みを自分の痛みとして受け止めることができるようになる。そのような魂の力こそ、大人の力だ。

 皆さんはアダム・スミスをご存じだろう。経済学の生みの親だ。大著「国富論」の著者だ。彼はまた、「道徳感情論」の著者でもある。

 「道徳感情論」あっての「国富論」だった。そのようにいわれる。経済活動は、道徳的感情に根差していなければならない。ざっくりいえば、そのような理念に基づく書だ。

 その中で、スミス先生は次のように言っている。「我々は、他者の悲しみを目の当たりにして、しばしば悲しみを感じる。…このような感情は、何も高潔で人間性あふれる人々に限ったものではない…。最大級の悪者で、最も平然と社会の秩序を踏みにじるヤカラでさえ、このような感情と無縁ではない」(翻訳筆者)。そのはずだと思う。そう思いたい。だが、今、そこがかなり心配になって来ている。

信仰厚きスミス先生、どうか、我らのために祈りたまえ。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。以下は、冒頭の、オバマが、安倍晋三の思慮の足りない、世界とは何か、を自覚しない、幼稚な行動に怒って、報復の行動に出ようとしている記事である。

 1月3日付の時事通信は、以下の記事の最後で、「オバマ大統領は今年4月にアジアを歴訪する。・・・地域の緊張がいつにも増して高まっている中、日本が中韓両国との関係改善策を打ち出せなければ、米政府内で訪日に否定的な声が高まる可能性がある」と書いている。この箇所が極めて大事である。 このままだと、オバマは日本には来ない、安倍には会わない、という重大な判断をしそうである。

(転載貼り付け始め)

「 安倍首相、靖国参拝  米国、対中韓関係改善への具体策を日本に要求の方針―大統領訪日に影響も 」
 
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014010300135

 時事通信 2014年1月3日

 安倍晋三首相の靖国神社参拝を受けて、オバマ米政権が今後日本に対し、中国や韓国との関係改善に向けた具体策を求める方針であることが、3日分かった。

 複数の米政府高官が明らかにした。米側は、日本の指導者の靖国参拝は地域の不安定化を招くとして、首相が参拝を継続する可能性についても見極めたい意向だ。

 米政府の方針は、現状のままでは同盟関係への悪影響を避けられないとの認識を反映している。 オバマ政権は首相の靖国参拝に対し、「disappointed(失望)」を表明した。 複数の日米外交筋は「特別に厳しい表現をしたのではなく、『がっかりした』という正直な気持ちを的確に表した」と説明。 同盟国である米国の反対の立場が聞き入れられなかったことへの不満があると述べた。

 米国の靖国参拝への反対姿勢に対しては、衛藤晟一首相補佐官が昨年11月に訪米した際、 ラッセル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が「(参拝すれば)日米関係に悪影響が出る」と明確に伝えている。 衛藤氏はこのとき、首相の靖国参拝は選挙公約だなどと主張したという。

 安倍首相が靖国参拝をした昨年12月26日、米側に「首相の決断」が伝えられたのは、参拝の約1時間半前だった。

 オバマ政権が懸念しているのは、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の再改定に対して中国を含む周辺国の反発が高まったり、アジア戦略の基礎となる日米韓の枠組みに亀裂が入ったりすることだ。現在の情勢は、域内の安定を最大の目標とするオバマ政権の「アジア重視」外交に水を差している。

 ハーフ国務省副報道官は2日の記者会見で、新藤義孝総務相が安倍首相に続いて靖国参拝したことを受けて 「われわれは日米関係の今後の方向性を注視している」と改めて強調した。

 オバマ大統領は今年4月にアジアを歴訪する。 約3年半ぶりの日本訪問が検討されているものの、地域の緊張がいつにも増して高まっている中、日本が中韓両国との関係改善策を打ち出せなければ、米政府内で訪日に否定的な声が高まる可能性がある。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。次に載せるのは、安倍晋三の靖国参拝のあった26日の直後の、その日のうちの、アメリカの大使館からの公式の抗議文である。アメリカは、あの、アーミテージや、マイケル・グリーンたちを使って、正式の政府特使として、日本の首相および大臣たちの、靖国参拝はしないように、とずっときつく仕事として、説得しに来ていた。それらを、安倍は振り切った。

 アーミテージは、このあと、 「あーあ、安倍はやっちゃったよ」 It’s over. 「もう、終わりだ。 これで俺のお役も御免( クビ)だな。あーあ」という感じになっている。 この正しい訳を、意図的に新聞記者たちは、改変している。


(転載貼り付け始め)

●「 靖国参拝、在日米国大使館の声明全文」 (日本語・英語)

2013年12月26日23時47分  朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312260575.html

 在日米国大使館は26日、安倍首相の靖国神社参拝を受けて声明を発表した。日本語訳は次の通り。

 日本は大切な同盟国であり、友好国である。しかしながら、日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化 させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している。

 米国は、日本と近隣諸国が過去からの微妙な問題に対応する建設的な方策を見いだし、関係を改善させ、 地域の平和と安定という共通の目標を発展させるための協力を推進することを希望する。

 米国は、首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する。


 Statement on Prime Minister Abe's December 26 Visit to Yasukuni Shrine

 Japan is a valued ally and friend.Nevertheless,the United States is disappointed that Japan's leadership has taken an action that will exacerbate tensions with Japan's neighbors.

  The United States hopes that both Japan and its neighbors will find constructive ways to deal with sensitive issues from the past, to improve their relations, and to promote cooperation in advancing our shared goals of regional peace and stability.

  We take note of the Prime Minister's expression of remorse for the past and his reaffirmation of Japan's commitment to peace.

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。 昭和天皇が、本当は、この靖国への東条英機、松岡洋佑(まつおかようすけ)らの合祀があったあとに、どういう歌を詠んだかを、最後に載せます。この(御製、ぎょせい)の和歌が持つ深―い意味の解説は、今日はやりません。

 靖国の 名に背(そむ)き まつれる 神々を 思えば 
 うれひの 深くもあるか

である。 日本の右翼たちは、昭和天皇の意思に逆らってはいけないのだ。

日本は、何があっても世界を敵に回してはいけない。それが、日本国の最高責任者としての天皇の真意だ。

副島隆彦拝

by めい (2014-01-10 07:43) 

めい

「なぜ、日本は分裂状態になっているかというと、根本原因はやはり、日本が第二次世界大戦の敗戦国であることに起因するのでしょう。」
『神やぶれたまはず』によって、この状況を止揚できる視点が呈示されたのではないかと思っています。この先を考えねばなりません。

   *   *   *   *   *

新ベンチャー革命2014年1月28日 No.850

タイトル:国民から強制的に受信料をとるNHKは安倍政権に乗っ取られた:NHKの北朝鮮放送局化が進むのか

1.今の日本が分裂状態なのは、敗戦国としての総括ができていないからか

 本ブログNo.848およびNo.849にてNHK新会長・籾井氏の舌禍事件を取り上げました(注1、注2)。その後、マスコミが大きくこの事件を取り上げ、日本国内は賛否両論、真っ二つに割れています。一部の日本人は籾井氏の自説開陳に拍手喝采であり、また、筆者を含む一部の日本人は不快な反応を示し、日本の恥と思っています。

 この分裂状態は日本にとって決して好ましいとは言えません。このような国は世界を見渡しても少ないのではないでしょうか。なぜ、日本は分裂状態になっているかというと、根本原因はやはり、日本が第二次世界大戦の敗戦国であることに起因するのでしょう。

 今の日本が不幸なのは、寄りによって、A級戦犯を祖父にもつ安倍氏が総理をやっている点にあります。

 日本と同じ敗戦国ドイツは戦前のヒトラー体制を完全否定して、国論が統一されています。一方、日本ではヒトラー・ドイツと軍事同盟を結んでいた戦前の帝国日本を完全否定できない国民が相当います。その筆頭が安倍総理と言ってよいでしょう。

2.安倍政権は戦前の日本を取り戻そうとしている

 安倍総理は口では正論を吐いても、やっていることは戦前日本への回帰です、平和憲法の廃止、特定秘密保護法強行、自衛隊の軍隊化、軍備増強、集団自衛権行使の容認、思想教育の復活、言論の自由の否定などなど、驚くほど、活発に戦前日本回帰化もしくはナチス化を推進しています、アベノミクスなどは、国民をあざむくための方便にしかみえません。

 このような安倍政権の動きは、安倍政権をステルス支配して、中韓vs日本の戦争、あるいは日朝戦争などの極東戦争を企む米国戦争屋の意向とピッタリ合致しています。

なお、上記、米国戦争屋(世界的寡頭勢力の主要構成メンバー)およびそのロボット・悪徳ペンタゴンを構成する日本人勢力の定義は本ブログNo.816の注記をご覧ください。

3.野党弱体化で居直った安倍政権、堂々とNHKを乗っ取る

 今回、安倍政権は遂に、NHKの乗っ取りに成功しました。NHKは国民の支払う受信料で運営される公共放送ですが、安倍政権はあつかましくも、NHKを私物化しようとしています。NHKのミッションは、国民の利益を最優先する公共放送サービスを国民のために実行することであるのは明らかですが、安倍政権は、悪徳ペンタゴン連中が野党無力化に成功して以来、このNHKのミッションを破壊しようと躍起になっているわけです。

 野党無力化を成功させたのは、小沢・鳩山政権を無力化した悪徳ペンタゴンのマスコミと検察であり、その背後に米戦争屋ジャパンハンドラーが控えています。

 アンチ米戦争屋であった小沢・鳩山政権が無力化されたことが、今日、安倍政権の居直りと暴走をもたらしています。しかしながら、大半の国民は、そのことを明確に認識できていません、その代り、野党はダメだと思ってしまったのです。その結果、居直った安倍政権の暴走を許してしまっています、しかも、民主党に失望した国民は、悪徳ペンタゴン・マスコミにまんまとだまされて、自民党や安倍政権を支持してしまっています、もう、ほんとうに救いようがありません。

4.なぜ、NHK会長に籾井氏が選ばれたのか

 本ブログでは、今回、NHK会長候補になぜ、籾井氏が急浮上して、選ばれたのかが非常に疑問でした。安倍氏と思想が一致している人物らしいことはわかりましたが、そのような人物は他にもいるはずですから、なぜ、籾井氏なのかは今一つ、疑問でした。そこで、ネットを調べたら、JR東海会長・葛西氏の名前が浮かんできました(注3)。

 葛西氏は安倍氏の支援者らしく、葛西氏の推薦にて、籾井氏に白羽の矢が立ったようです。葛西氏は財界の親米右翼のひとりのようです。思想的に、安倍氏に近いようです。

 ちなみに、葛西氏が米戦争屋ジャパンハンドラーとどういう関係にあるのかは現段階で、本ブログは把握できていません。ただ、葛西氏は若いころ、国鉄の東大法卒エリートとして米国ウィスコンシン大に留学していますから、その間に、日本を私物化する米戦争屋ジャパンハンドラーに目をつけられて、洗脳された可能性も否定できません。同氏は長年、国鉄労組と敵対してきたようですから、左翼や共産主義者に反感をもっている可能性は高いでしょう。

 さて、上記、今回のNHK会長人事劇を観る限り、これはNHKの私物化以外の何者でもありません。NHKはわれら国民から受信料を取って成り立つ公共機関です、それを勝手に私物化することは許されません。もうムチャクチャです。よくもまあこんな厚かましいことができるものだとあきれてしまいます。

5.NHKほど矛盾に満ちた放送機関は世界にない

 NHKはわれら国民から受信料を取っていますが、NHKは国民に任意加盟を認めていなく、テレビをもった世帯から万遍なく強制的に受信料を取っています。このような仕組みは欧米の民主主義国では絶対に通用しません。なぜなら、テレビを持つ国民に対しNHKを観ないという選択権を認めていないからです。

 その意味でNHKほど国民をバカにした機関は世界にないでしょう。この仕組みに何の疑問ももたない人も多数いるのがわが日本です、情けないことに・・・。

 したがって、NHKは国家権力から独立して、全力を挙げて、国民のための放送機関であることを死守しなければならないわけです。

 そう考えると、今回の安倍政権のNHK乗っ取りがいかにムチャクチャなものであり、日本の民主主義を踏みにじるものであることがよくわかります。

 このまま行くと、日本のNHKは、キムジョンウンを絶賛する北朝鮮の国営放送局と同レベルに成り下がってしまいます。

注1:本ブログNo.848『懲りもせず従軍慰安婦問題を再燃させるNHK新会長:執拗な反日勢力と同じDNAをもっている鏡像的人物か?』2014年1月26日
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/33181641.html

注2:本ブログNo.849『安倍総理はなぜ、NHK会長人事に介入させられているのか:日本に蠢くステルス勢力にとって、NHKは日本郵政に次ぐおいしい巨額集金マシンだから?』2014年1月28日
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/33189121.html

注3:ビジネス・ジャーナル“NHKハイジャックもくろむ財界の大物に局関係者が恐々?新会長「従軍慰安婦発言」の背景”2014年1月29日
http://biz-journal.jp/2014/01/post_3984.html

ベンチャー革命投稿の過去ログ
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/melma.htm

テックベンチャー投稿の過去ログ
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-PaloAlto/8285/column-top.html


by めい (2014-01-30 06:22) 

めい

「<NHK経営委員>新聞社拳銃自殺事件を礼賛」とのYAHOOニュースの見出しを見て開いてみたら、やはり長谷川さんが昨年野村秋介氏の追悼文集に寄せた文をめぐってのことだった。そのゴタゴタ部分はどうでもいいのだがが、この記事の中にこうあった。
《長谷川氏は元幹部の没後20年を機に発行された追悼文集に「人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである」と礼賛。野村氏の行為によって「わが国の今上陛下は(『人間宣言』が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神(あきつみかみ)となられたのである」と憲法が定める象徴天皇制を否定するような記載をしていた。》
「神やぶれたまはず」について考える上で重要なのでメモしておきます。全文が読みたい。

   *   *   *   *   *

<NHK経営委員>新聞社拳銃自殺事件を礼賛
毎日新聞 2月5日(水)2時31分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140205-00000007-mai-soci

長谷川三千子・埼玉大学名誉教授=東京・霞が関で2013年12月、須賀川理撮影

 1993年に抗議先の朝日新聞社で拳銃自殺した右翼団体元幹部について、NHK経営委員の長谷川三千子埼玉大学名誉教授(67)が昨年10月、この自殺を礼賛する追悼文を発表していたことが分かった。メディアへの暴力による圧力には全く触れず、刑事事件の当事者を擁護したと読める内容で、NHK経営委員の資質を問う声が出ている。

【写真で見る】文集に掲載された追悼文

 自殺した元幹部は新右翼「大悲会」の野村秋介・元会長(当時58歳)。警視庁公安部などが銃刀法違反容疑で同氏の自宅などを家宅捜索した。長谷川氏は元幹部の没後20年を機に発行された追悼文集に「人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである」と礼賛。野村氏の行為によって「わが国の今上陛下は(『人間宣言』が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神(あきつみかみ)となられたのである」と憲法が定める象徴天皇制を否定するような記載をしていた。

 また、朝日新聞について「彼らほど、人の死を受け取る資格に欠けた人々はゐない」と不信感をつづっている。

 追悼文は昨年10月18日に東京都内の会合で参列者に配布された。政府は同25日、衆参両院に長谷川氏ら4人をNHK経営委員会委員とする同意人事案を提示、11月8日に正式同意されている。

 長谷川氏は毎日新聞の取材に「非常勤のNHK経営委員には自らの思想信条を表現する自由が認められている。自らの仕事として精神思想史の研究を行ったり、民族主義者の追悼文を書いたりすることは、経営委員としての資格とはまったく無関係のこと。経営委員には番組作りに関与する権限はなく、追悼文を書いたからといって意図的な特集番組を放送することはありえない。経営委員は常にルールに従って行動している」としている。

 NHK経営委員の政治的な発言を禁じる規則はない。しかし放送法31条は、同委員の資格として「公共の福祉に関し公正な判断をすることができ、広い経験と知識を有する者」と定めており、議論になりそうだ。

 ◇資質疑う声も

 経営委員会は事業計画や毎年の予算の議決、会長の任命・罷免などを行うNHKの最高意思決定機関。委員12人(任期3年)は衆参両院の同意を得て首相が任命する。委員には政党役員や同一政党に所属する者が5人以上いてはならない。

 長谷川氏は昨年11月、作家の百田尚樹氏らとともに選ばれ「安倍カラー人事」と言われた。百田氏は3日、東京都知事選で田母神俊雄候補(無所属)の応援演説に立ち、南京大虐殺はなかったなどと歴史認識に関する持論を展開、波紋を広げた。

 放送法では個別番組の編集などに関与することはできないとされている。ただし経営委員会事務局によると、個人の思想・信条に基づいた行動は妨げられないとしている。

 服部孝章・立教大教授(メディア法)は「長谷川氏は言論機関に拳銃を持ち込み、発射したというテロ行為とみなされる刑事事件を何ら批判せず、むしろ礼賛している。このような人物をNHK経営委員に任命した責任を政府は問われなければならないし、国会は同意した責任を問われなければならない」と指摘した。

 作家の柳田邦男さんは「品格と見識を疑われるような言説だ。経営委員は、不偏不党が求められるNHKのあり方を左右する立場だ。その職に、こうした人物が選ばれることに時代の危機を感じる」と語った。

 ◇長谷川三千子(はせがわ・みちこ)

 1946年生まれ。埼玉大名誉教授、哲学者。「2012年安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」の代表幹事。少子化対策として、女性が家庭で育児に専念し、男性が外で働くのが合理的という趣旨のコラムを1月に発表、議論になった。

 ◇野村秋介氏拳銃自殺事件

 右翼団体「大悲会」の野村秋介元会長が、自身の政治団体「風の会」を週刊朝日のイラストで「虱(しらみ)の党」とやゆされたとして抗議。1993年10月20日、朝日新聞東京本社15階応接室で拳銃自殺を図り、死亡した。以後、同年の文芸春秋社長宅発砲事件など言論テロが続いた。


by めい (2014-02-05 07:18) 

めい

鈴木邦男さんのブログに昨年10月の群青忌の記録があり、その中で長谷川さんの挨拶が感動的であったと記されてあります。
http://kunyon.com/shucho/131028.html

   *   *   *   *   *

では、「群青忌」の話に戻す。
「偲はゆ 野村秋介」上映のあとは、来賓挨拶。
大原康男氏、阿形充規氏、盛田正敏氏、ヒロ山口氏、そして長谷川三千子さん。
皆、感動的な挨拶だった。私は手帳を出して、メモを取りながら、聞いた。
長谷川さんは埼玉大学の名誉教授だ。その言葉には特に衝撃を受けた。野村さんの自決は、「大いなる言葉」だと言う。
これは夏目漱石の『こころ』で、「先生」が遺言で言っている言葉と同じだ、と言う。
えっ、どうして『こころ』が出てくるんだろうと思っていた。
「先生」は言う。
〈私は今、自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔に浴びせかけようとしているのです〉
そんな激しい言葉が、『こころ』にあったのか。気が付かなかった。
それと同じ、激しい気持ちで発した言葉なんです。野村さんの自決は、と言う。
会場にいる皆も、血を浴びせられたのだ。
by めい (2014-02-05 07:37) 

めい

「私だったら、天皇のために、最高の自分を生きよ、そして、自分の世界を創れ、といいます。」
新井俊介氏渾身の一文です。
http://www.k2o.co.jp/blog2/2014/02/post-1102.php
じっくり読みこまねばなりません。とりあえずは白井聡氏の「永続敗戦論」を注文しました。
毎日新聞のおかげで今後おおいに議論が深まりそうです。期待します。

   *   *   *   *   *

天皇のために死ぬ?それとも、天皇のために生きる?そもそも天皇って?

安倍晋三が選んだNHK経営委員の長谷川三千子氏。

「天皇陛下のために国民が命をささげるのが日本の国体」 (動画13分50秒付近)

http://www.youtube.com/watch?v=y1pdZpbpAmo&feature=youtu.be&t=13m49s

これに対し、 若手の社会思想家 白井聡氏 の 「永続敗戦論」

http://news.guideme.jp/kiji/726f325b90892b97cc74c766edf691b6

 天皇の存在を、日本国民の感情を単一化させる統治システム と、その機能を捉えると、いろいろ見えてくる。

 天皇は、現在の日本では、世俗の権力を裏付ける権威となっているが、

   この権威の実像を検証できない人が、進んで、天皇のために、死ね、とか、死のう、という。

 天皇の権威の中に、根源的紐帯・全一感を踏まえた、自己の内発的創造性 と通じるものを理解する人間は、

   絶対に、他者に対し、死ね、とは言わない。 そして、自分の世界を創り出す。

 創造の前には、必ず、想像があります。

  そして、その想像を、より、明確化し、自覚し、行動を促すには、

 言葉による、認識が必要です。

 私には、天皇のために死ね、という人間は、 自らの人間としての可能性を拒否する、

  極めて、未熟な思考の人間としか思えません。

 私だったら、 天皇のために、最高の自分を生きよ、そして、自分の世界を創れ、 といいます。

 そして、この場合、天皇とは、701年の大宝律令で完成した日本国の天皇ではなく、

   全てのイノチと繋がる 大元の光 を最も濁りなく発する、人間の魂 を言います。

 私は、それを、縄文時代のヌナカワヒメと、感じています。

 ここまでの認識があれば、 東アジアの対立は、すぐに、消滅します。

 しかも、日本の名誉は保たれます。それ以上に、より、輝きを増します。

  内発的創造性 INNER INITIATIVE .  は、 人間であれば、誰でも持っているものです。

 1300年前、不比等は、これを発揮して、今の日本国の枠組みを作り出しました。

 しかし、それは、もう耐用年限が過ぎました。 その現実的表れが、 原発システムへの拘泥です。

 不比等の血は、この意味を知っています。 そして、 現実(オンカロ)を見た人間も、すぐにわかります。

 しかし、明治にできた虚構の天皇像で固められた国家利権(田布施システム)の中で、戦後も甘やかされて育ったボンボンたちと、お受験エリートは、 この認識ができない。

 そして、自分で、自分の世界を創る可能性を実感できない人間は、いつまでたっても、システムの枠の中でしか、自分の存在を感知できない。

 死を意識しないと、生は輝かないが、 それは、誰かのための、生であってはならない。

 誰からも愛される、自分自身の世界 を生きる。 皆がこう生きる。 これが私の目標です。

2014年2月 6日 02:08

by めい (2014-02-06 04:41) 

めい

長谷川三千子氏の追悼文全文
http://www.asyura2.com/14/senkyo160/msg/799.html

 神にささげるお供へもののほとんどすべては、人間がもらつても嬉(うれ)しいものばかりである。上等の御神酒(おみき)は言ふに及ばず、海山の幸やお菓子の類……。或(あ)るとき神社の奉納のお祭りをごく真近(まぢか)で拝見する機会があつたとき、ちやうどお昼を食べそこねて空腹で、目の前を運ばれゆくお供物に思はず腹が鳴つて恥ずかしかつた記憶がある。あゝ、さぞや神さまも美味(おい)しく召上るだらうなあ、と思つたものである。

 しかし神にささげることはできても、人間に供することは決してできないものがある。自らの命である。よく陳腐な口説き文句に「君のためには命をささげる」などといふセリフがあるが、言ふ者も聞く者も、そんなセリフを文字通りに信じはしない。もしも本当にさう言つて、女の前で割腹自殺する男がゐたら、(よほどの毒婦でないかぎり)喜ぶ女はゐないであらう。下手をしたら、精神的打撃をかうむつたと言つて遺族に賠償を請求するかも知れない。人間は、人の死をささげられても、受け取ることができないのである。

 人間が自らの死をささげることができるのは、神に対してのみである。そして、もしもそれが本当に正しくささげられれば、それ以上の奉納はありえない。それは絶対の祭りとも言ふべきものである。

 野村秋介氏が二十年前、朝日新聞東京本社で自裁をとげたとき、彼は決して朝日新聞のために死んだりしたのではなかつた。彼らほど、人の死を受け取る資格に欠けた人々はゐない。人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである。

 「すめらみこと いやさか」と彼が三回唱えたとき、彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神(あきつみかみ)であられる天皇陛下であつた。そしてそのとき、たとへその一瞬のことではあれ、わが国の今上陛下は(「人間宣言」が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられたのである。

 野村秋介氏の死を追悼することの意味はそこにある。と私は思ふ。そして、それ以外のところにはない、と思つてゐる。

(仮名遣いは原文のまま)
by めい (2014-02-06 04:55) 

めい

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国史百景(14): 昭和20年8月15日正午
~ 長谷川三千子『神やぶれたまはず』から

 玉音放送の後の「あのシーンとした国民の心の一瞬」に、人々は何を聴きとっていたのか。
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■1.それぞれの負けっぷり

 イタリアを旅していた時、4月25日が「解放記念日」という全国的な祝日になっていると聞いて、「やれやれ、イタリアという国は」と思ったことがある。1945年4月25日は、ムッソリーニ首相が共産ゲリラに捕らえられ、銃殺されて、ミラノの広場で逆さ吊りされた日である。

 ムッソリーニは1922年以来、約20年にわたり政権を維持し、議会でも第一党を維持してきた。日独と同盟を組んでの第二次大戦参戦は国家としての決定なのに、そこは頬被りして、ようやく独裁者から解放されました、と、その日を祝う。「敗戦」を「解放」と言い換えてしまうイタリア的な軽やかさには敵わない。

こんな所から「次はイタリア抜きでやろう」とドイツ人が日本人に言うジョークが出てくるのも、分からないでもない。しかし、ドイツの敗戦ぶりには、またドイツ人らしい頑迷さが見られる。

 ヒトラーは、負けるくらいならドイツが滅んでしまった方が良いと考えて降伏を拒否し、勝ち目のない戦いに国家を駆り立てた。ヒットラー暗殺計画が二度ほど試みられたが失敗。ドイツ全土が連合軍に蹂躙されると、ヒットラーは自殺し、政府要人はすべて自殺、逃亡、あるいは捕虜となり、政府が瓦解してしまったので、正式な降伏すらできなかった。


■2.「日本の戦略降伏のいちじるしい特徴」

 独伊に比べると、日本の降伏は律儀なものだった。昭和20(1945)年8月14日、連合国側のポツダム宣言での降伏条件を閣議決定で受諾し、9月2日に降伏文書に調印している。

 形の上だけでなく、内容においても雲泥の違いがある。入江隆則氏の『敗者の戦後』には、次のような一節がある。

__________
 一九四五年の日本の戦略降伏のいちじるしい特徴は、天皇を護ることを唯一絶対の条件にしたことだった。同時に天皇は国民を救うために『自分はどうなってもいい』という決心をされていて、こんな降伏の仕方をした民族は世界の近代史のなかに存在しないばかりか、古代からの歴史のなかでもきわめて珍しい例ではないかと思う。[1,Chap10]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 日本に降伏条件を示したポツダム宣言を受諾するかどうかで、最高戦争指導者会議(御前会議、天皇の御前にて開催されたが、天皇は通常、発言されない)が最後までまとまらなかったのは、果たしてこれで天皇が護れるかどうか、という点にあった。

 第一次大戦で敗れたドイツに対し、皇帝ヴィルヘルム1世を訴追するとベルサイユ条約では定めていた。「戦争責任」を敗戦国指導者に負わせる、という傾向が強まっており、日本が降伏したら、天皇が訴追、処刑される、という恐れを誰もが抱いていた。

 しかし、最後に昭和天皇の「私自身はいかになろうとも、私は国民の生命を助けたいと思う」という御発言により、全員の涙のうちに、降伏を決定したのである。[a]

 国民は天皇の身を案じ、天皇はただ国民の命を助けようとする。ムッソリーニを逆さづりしたイタリア、ヒトラー暗殺に失敗して政府瓦解したドイツとの違いは著しい。


■3.「天皇の命とひきかへに自分たちが助かるといふ道」

 降伏に際して、当時の日本政府、および国民が直面しなければならなかったジレンマを、長谷川三千子・埼玉大学名誉教授は次のように活写している。

__________
 降伏すれば自分たちの命は助かるかもしれないが、それは敵に天皇陛下の首をさし出すことにほかならならない。

 王を倒すことが正義であるといふイデオロギイを潜在的にかかへもった「立憲君主制」のもとの国民であれば、ケロリとして平気で国王をさし出すであらう。

しかし、形の上では同じ「立憲君主制」でありながら、「上下心を一に」することを国体の柱としてきた日本国民にとって、天皇の命とひきかへに自分たちが助かるといふ道は、取りえない道であつた。といふことはつまり、降伏は不可能だ、といふことになる。[2,10章]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 親子のように、天皇と国民が心を一つにしてきたのが我が国の「国体」、すなわち国柄であった。親の首を差し出して、自分たち子供だけが助かる、そんな事は子供として決してできないことであった。それをあえてするという事は、先祖代々数千年にわたって続けてきた国柄を破壊することだった。

 親を思う子なら、自分を犠牲にしても、親は助けたいと願うだろう。「天皇陛下万歳」と叫びつつ、特攻に赴いた青年たちは、まさにその道を歩んだのである。


■4.「美しくも恐ろしいジレンマ」

 しかし、天皇から見れば「国体」には別の面があった。

__________
・・・日本の伝統的な「愛民」は、それが天皇ご自身の自己犠牲の決意にささへられてゐる、といふことを特色としている。・・・それがくっきりと際立つのは、元寇の際に亀山院が石清水八幡宮におこもりをされて「わが身をもつて国難に代へむ」と祈願されたといふ故事である。

また、まつたくの私的な日記である『花園院宸記』のうちにも、当時十七歳の少年天皇花園院が、大雨で死者の出た報を聞き、雨が止むようにと「民に代つて我が命を弃(す)つる」の祈願をした記述が見られる。

 国民のために天皇がわが身を捨てるといふ伝統は、単なる建前ではなく、すでに代々の天皇の血肉となつてきたのである。昭和天皇の「自分はどうなってもいい」といふご決心も、まさしくこの血肉となつた伝統のうちからわき出てきたものと拝される。[1,10章]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 天皇から見れば、わが身を犠牲にしても民を護るのが国体であり、国民から見れば、自分たちが犠牲になっても、天皇をお護りすることが国体であった。これを長谷川氏は「美しくも恐ろしいジレンマ」と呼んでいる。


■5.「身はいかならむとも」

「この美しくも恐ろしいジレンマ」を断ち切ったのが、昭和天皇のご決断だった。その御心は次の御製に窺うことができる。

爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも

 和歌は57577の31音が基本だが、ここでは「爆撃に(5)」「たふれゆく民の(8)」「上をおもひ(6)」「いくさとめけり(7)」「身はいかならむとも(9)」と、4音も多い字余りになっている。

 長谷川氏は、小田村寅二郎・亜細亜大学名誉教授の次のような解釈を引用されている。

__________
・・・四音も多い和歌というものは、それをこちらが読む時に、つかえ、つかえ、してしまうものですけれども、不思議にこの歌は一気呵成に読み下せる。声を出して読んでも、一気に読めるのです。

一気にということは、作者のつくり方の状況を偲びますと、一気呵成に詠まれた歌だということです。そして、四音も余るということは、定型の三十一音では嵌まり切らない激しい御心中の激動の起伏が、この四音の余りというものを一気呵成に含み込んで、一首の歌として詠み下されたとしか偲びあげることができません。

そのことのなかに深い深いお悲しみと御決意と、それ以後の時世に対する天皇様の御決断が滲み出ているのではないでしょうか。最高戦争指導会議の席で述べられたお気持、その奥にある、御自分の命を捨てるという御決意、そういうものがこの一首の字余りの中に漂い尽しているかの如く感じます。[2,Chap10]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■6.マッカーサーへの嘆願

 終戦の後、この天皇の御覚悟はいつのまにか国民の間に知られていたらしい。占領軍司令部(GHQ)には日本国民から多くの投書がなされたが、圧倒的に多かったのは天皇助命の嘆願だった。たとえば、ある女性は次のような直訴状をマッカーサーに送っている。

__________
 日本の天皇は平和を愛し給ふのが御本質でおいで遊されます。御自身に代えて救いたいと思召された国民が、そのお慈悲に御報ひすることを忘れた、現在の日本国民の一部の姿を世界に対して心から恥じてをります。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 また別の「大阪に住むとしは(年端)もいかない一女性」は、次のような手紙をマッカーサーに送っている。

__________
 或本を読みますと共産主義者は『日本の生成発展を妨げるものは天皇制にあり』といつて居りますが、果たしてそうでせうか。いゝえ違ひます。終戦の時の詔書にも『朕ノ身ハ如何ニナロウトモ』と仰せられいつも国民の上に大御心をそゝがせ給ひます。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 実は、『朕ノ身ハ如何ニナロウトモ』とは終戦時の詔勅には書かれていない。この詔勅は、最高戦争指導者会議での天皇のご発言を下書きにして書かれたものだったが、「わたしはどうなってもかまわない」というお言葉が連合国に伝わったら、「ヒロヒトが自らの有罪を認めた」として、天皇訴追に動き出す恐れがあった。

 そのために詔勅の作成者たちは、用心深く、このお言葉だけは詔勅に含めなかったのである。しかし、日本国民は一般の年端もいかぬ女性までもが、天皇が『朕ノ身ハ如何ニナロウトモ』というご覚悟で終戦の御決断を下された、と感じていたのだ。


■7.「あのシーンとした国民の心の一瞬」

 終戦の詔勅は、昭和20(1945)年8月15日正午にラジオを通じた玉音放送として伝えられた。あらかじめ「正午には必ず国民はこれを聴くように」との予告がなされたので、多くの国民は起立して玉音放送を聴いた。

 しかし、雑音がひどく、また難解な漢語が多数含まれていたため、内容を聞き取れなかった国民も多かった。それでも、国史上初めて天皇が直接マイクの前に立たれるということで、終戦だと直感した国民も多かったろう。文芸評論家の河上徹太郎は、こう書いている。[2,3章1]

__________
 国民の心を、名も形もなく、たゞ在り場所をはつきり抑へねばならない。幸ひ我々はその瞬間を持つた。それは、八月十五日の御放送の直後の、あのシーンとした国民の心の一瞬である。理窟をいひ出したのは十六日以後である。あの一瞬の静寂に間違はなかつた。

又、あの一瞬の如き瞬間を我々民族が曽て持つたか、否、全人類の歴史であれに類する時が幾度あつたか、私は尋ねたい。御望みなら私はあれを国民の天皇への帰属の例証として挙げようとすら決していはぬ。たゞ国民の心といふものが紛れもなくあの一点に凝集されたといふ厳然たる事実を、私は意味深く思ひ起したいのだ。[1,3章1]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「あのシーンとした国民の心の一瞬」に国民は何を感じていたのか。前節の「大阪に住むとしは(年端)もいかない一女性」のように、天皇が詔勅では語らなかった『朕ノ身ハ如何ニナロウトモ』という御覚悟を聴いていた国民も多かったのではないか。


■8.『神やぶれたまはず』

 翌年2月から始められた昭和天皇の全国御巡幸は、8年半かけて沖縄を除く全都道府県に及び、各地で数万の群衆に歓迎されたが、石一つ投げられたことはなかった。イギリスの新聞は、次のように驚きを伝えている。

__________
 日本は敗戦し、外国軍隊に占領されているが、天皇の声望はほとんど衰えていない。各地の巡幸で、群衆は天皇に対し超人的な存在に対するように敬礼した。何もかも破壊された日本の社会では、天皇が唯一の安定点をなしている。[b]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 大東亜戦争で軍人・民間人あわせて200万人以上の犠牲者が出て、国土は焼け野原になったのに、なぜ国民は天皇に対し「超人的な存在に対するように敬礼した」のか?

 それは国民の多くが、8月15日正午の「あのシーンとした国民の心の一瞬」に、天皇がわが身を省みずに国民を戦火から救おうとしている事を実感していたからだ、と考えれば納得できる。

「超人的な存在」とは、日本語で言えば「神」である。ラフカディオ・ハーンは、高台の自分の田の稲むらに火をつけて、村人を呼び集め、津波から救ったという濱口儀兵衛の義挙を『生神様』と題する物語に発表している[c]。キリスト教のゴッドとは違って、我が国では現世の人でありながら、人々のために妙なる徳を発揮した人を「生神様」と呼んだ。

「生神様」と同じ意味で、我が先人たちは代々の天皇の「国民のために天皇がわが身を捨てる」といふ伝統から、天皇を「現人神」と呼んできた。8月15日正午、国は敗れたが、「あのシーンとした国民の心の一瞬」に国民が聞いたのは、その現人神の声であった。

『神やぶれたまはず』という長谷川氏の著書のタイトルはここから来ている。
(文責:伊勢雅臣)

by めい (2015-07-13 06:42) 

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