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舟山やすえ候補南陽遊説報告 [舟山やすえ]

小雨模様の昨日(3日)の午後、南陽市内3カ所での街頭演説、全部聞いてきました。その場その場に応じて全部ちがうのです。赤湯イオンタウン前の演説は文字に起こしてみました。吉野地区での演説はyoutubeにアップしました。


◎赤湯イオンタウン前(13:20〜)

選対本部長として近藤洋介代議士ががんばっています。司会は高橋一郎市議です。

左から片平志朗市議、佐藤明市議、伊藤俊美市議。佐藤、伊藤市議とは私の市議時代、無会派同志でした。佐藤市議は共産党、伊藤市議は当時公明党、私は極右(?)、それでも気が合って楽しく研修視察に行っていたものでした。このたび久しぶりの合流です。両市議とも7期目。あれからもう20年になります。

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ここでの演説です。一切言葉を変えていません。話したそのままが立派な文章になります。

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やすえちゃんがなぜ鷹山公とつながったか [舟山やすえ]

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舟山やすえちゃんの出陣式のスピーチを聴いて鷹山公を感じ、買ってあった『上杉鷹山と米沢』(小関悠一郎 吉川弘文館 2016.3)を手に取り、実におもしろく読んでいる。そんな折りの今朝(28日)の山形新聞「気炎」欄、いつも刺激的な論を展開してくれる天見玲さん(南陽市在住)の「新しい判断」という文章。


天見さんは、安倍首相の発した「新しい判断」という言葉が「政治の世界と文学の世界の境界を明らかにした」という。異議を唱えたい気持ちになった。というのも、私がやすえちゃんのスピーチに鷹山公を感じ取ったのは、政治と文学の境界を超えた「信義」を当然視する、人間としての「あたりまえさ」のゆえだった。


政治はまずもって利害、その感覚があたりまえの人から政治を遠ざける。『上杉鷹山と米沢』では、鷹山公が35歳の若さにして先代重定の実子治広に家督を譲る理由を、「興利の政」への偏りが「士風の頽廃」を助長しているとの藁科立遠の指摘を真摯に受けとめ、そこを糾して人心を一新するもっとも円滑な方法は藩主の代替わりであるとの判断であったと見る。後年、鷹山公50歳を過ぎてから「家中の生活維持についての申達が『利』に趨(はし)る風潮を助長したのは『残念』だった」と述べているのだという。


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おカネだけではありません、経済だけではありません。地域にこそ豊かさが宿り、地域にこそ、すばらしい人間関係、文化伝統が眠っております。おカネに替えられないこういった価値を守ってきたのは、まさしく地域に住む私たちひとりひとりであります。だから今の農業政策もうまくゆかないんです。農業は単に生産をする、生産をして食糧を供給するだけではありません。農業があって、集落を守って、人が宿って、そうして伝統や文化を守り支えてきた、こういう役割をなぜ評価できないのか。地域社会にある、山形にある歴史や文化をなぜ大事にしようとはしないのか。今のアベノミクスの中には、これを守ろうという、大事にしようという視点は全く入っておりません。」


やすえちゃんに鷹山公を感じ取ったわけをあらためて確認させられたところです。

 

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やすえちゃんに鷹山公が乗りうつった!? [舟山やすえ]

Tさんを誘って出陣式へ。早く着きすぎたので、国際ホテルの一階食堂でバイキングの朝食。一人1,404円(1.300円+税)!高い朝食代。とはいえ、そう食べれるものではない。ともかく腹ごしらえをして2階の会場へ。南陽隊が席を取っていてくれた。ぎっしりの会場。


心ふるえたいくつかを記しておきます。


二人のお母さんDSCF4686.jpg

・やすえちゃんの実家(埼玉県越谷市)のお母さんと小国のお母さん(お姑さま)が二人して、やすえちゃんの子どもさんたちでつくった「お母さん、がんばって」ののぼりをやすえちゃんに渡してくれたこと。


鹿野さんDSCF4691.jpg

・そもそもやすえちゃんを政治の世界に引っ張り込んだ鹿野道彦元農水大臣の迫力ある挨拶。

《戦後の民主主義の国になって、こんないい加減な政治をやっているのは、私にははじめてです。アベ政治はね、デタラメ政治としか言い様がありませんよ。ひどいもんですよ・・・戦後ずーっと、集団的自衛権は憲法違反ですと明確に言ってきたのを、勝手に『憲法違反でないよ』と言って集団的自衛権を認める。それを自民党の国会議員、だれひとりとして文句を言わない。とんでもない政治ですよ。・・・アベノミクス?よくまた、何が良くなったんですか。一部の大企業と金持ちだけがほくそ笑んでる・・・こんないい加減なまさにデタラメ政治ではダメだと、舟山やすえという人が立ち上がったんですよ、皆さん。舟山やすえさんに今日(こんにち)の自民党デタラメ政治を退治してもらいましょう!》


ご主人とDSCF4693.jpg

・近藤洋介選対本部長《やすのりさんあっての舟山やすえであります。》やすえちゃんのご主人登壇。「お母さん、がんばって」ののぼりと一緒に2ショット、いい感じで撮れました。


・なんといっても心ふるえた極みは、やすえちゃんのスピーチ。カネだけではありません、経済だけではありません。地域にこそ豊かさが宿り、地域にこそ、すばらしい人間関係、文化伝統が眠っております。おカネに替えられないこういった価値を守ってきたのは、まさしく地域に住む私たちひとりひとりであります。》だれもが思っていてもなかなか言葉にはしにくかった。政治というのは利害あってのシビアな世界でそんな言葉は通用しないよ、何となくそう思わされてしまっていた。だからふつうの人には政治の世界は遠かった。それをやすえちゃんが、現実政治の場でそれこそ堂々と口に出して言ってくれた。それも本心からの叫びとして。しかもこのことを山形県民に訴える18日間にしたいと宣言した。政治が民の心を変える。心が変われば世界が変わる。まさに鷹山公がやったことではなかったか。やすえちゃんに鷹山公の霊が乗り移ったのかもしれない、鷹山公のお働きを感じたような気がして、ゾクゾクしてしまいました。 6月14日、山形総決起集会での白鷹のおかあさんの言葉、「舟山さんがいることで政治が身近になった!民主主義とはこれか、と。一票の価値がいとおしく思える。を思い起こします。

 

以下、やすえちゃんのスピーチそのままを文字に起こしました。


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舟山やすえちゃんのスピーチ(南陽総決起集会) [舟山やすえ]

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18日、小林節平和講演会に併せての舟山やすえ総決起集会。平和講演会についてだけのチラシで、決起集会のことが書いてあればもっと集まったかもしれないが、1000人まであと一息というところか。2時〜4時までのうち3時半から30分が決起集会に充てられた時間。最後列に陣取って小林先生の講演がちょっと聞き取りにくかったのが残念。その内容の方はどなたかにお任せすることにして、やすえちゃんのスピーチを文字にしてみました。聞き取れないところは空白にしてあります。

山形集会報告で引用させていただいた須田達郎さんの言葉をもう一度引かさせていただきます。

須田 達郎 いつも感じ入ってしまうんです。いろんな方のスピーチを聞かせて頂いておりますが庸江さんのスピーチは別格です、なんか言葉が澄んでいて思わず聞き入ってしまうのです。私だけでなく大勢いる会場全体が聞き入っているのです。スピーチのテクニック等でこの世界は出せないでしょう。嘘や偽りのない心から出る言葉なのですね、逸材の人です。

以下、語った通り文章にして全然おかしくないので、語られた言葉そのままです。

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舟山やすえ総決起集会(山形)報告 [舟山やすえ]

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一昨日(14日)、息子と酒田へ行く用事があり、その帰途山形で下ろしてもらってやすえちゃんの総決起集会に参加してきた。会場に着くと置賜自給圏のMさんとばったり、Mさん言われるには椅子は1500席用意なっているとのこと。開始予定時刻まで30分ぐらいあったが会場はほぼ満席だった。さらに30分ぐらい前に着いて前の方に陣取っていた南陽グループと合流。前の方のまんなか、特等席に座ることができた。


レコーダーを持っていかなかったのが悔やまれたが、メモから拾っておきます。


開会は阿部喜之助元山形市議会議長「ものづくりのまち東京大田区では町工場が二日に一つの割合で消滅。アベノミクスの失敗。山形県がゴッシャガなければダメ!」


最初の弁士は枝野幸男民進党幹事長というサプライズ。さすがのスピーチで一挙に盛り上がった。「この国は変です。政府がもっぱら野党批判。それがことごとくピント外れ。自信がない表れでしかない。アベノミクスではダメ。ふつうの人が豊かになる経済でないと。高齢者には老後の安心を、働く世代には雇用の安定を。経済対策の要は何より少子化に歯止めをかけること。国内でモノが売れるようにしなければ。目先の株価操作にカネをつぎ込むのでなく、価値あるところにカネを流せ。経済第一と言いつつ、実は特定秘密保護法やら安保法制。カゲでコッソリのアベノミクスにストップを!」


今田正夫元JA山形中央会長TPP絶対阻止。日本の農業がなくなる。大規模化農業のカゲで集落がどんどん消えてゆく。反対意見を言う人がいないとダメ。」

 

岡田新一山形連合会長「暴走政治に歯止めを。」


広谷五郎左衛門県議「言行一致の誠実な政治を。山形が変われば日本の政治が変わる。」


白鷹の若いおかあちゃん、山本のり子さん「舟山さんがいることで政治が身近になった!民主主義とはこれか、と。一票の価値がいとおしく思える。本気でがんばる姿を子どもに見せてあげれるのがありがたい。がんばります!」実感のこもった「一票の価値がいとおしく思える。」の言葉がすごい。そのままやすえちゃんのすごさです。


近藤洋介選対本部長2400名を超えました。ロビーもいっぱい。入りきれません。今回の選挙は、山形県民による山形県民のための選挙。安倍総理の代議員を選ぶ選挙ではありません。ひとりひとりが舟山やすえとなって戦ってゆく。」


寒河江市長、三川町長、川西町長、中山町長、遊佐町長、飯豊町長、大江町長からのメッセージ。


いよいよやすえちゃんです。

 

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「風の谷のナウシカ」舟山やすえちゃん [舟山やすえ]

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一昨日5月26日の晩、舟山やすえちゃんを囲む会に参加してきました。われわれ世代とその子ども達世代約20名ほど。この日やすえちゃん、ちょうど半世紀を生きて50歳の誕生日、バースデーケーキのプレゼント、ハッピーバースデーをみんなで歌うというサプライズもありました。やすえちゃんの世の中を見る目のたしかさ、人柄の良さ、誠実さについてあらためて確認できたいい会でした。

 

私自身も含めて、ウヨクかサヨクかの括りで言えばウヨク、保守か革新かの括りで言えば保守、明らかにそう色分けされる集まりでした。徳田虎雄理事長がつくった「獅子の会」の仲間、米沢から参加の同志S氏などは自称軍事力専門家。憲法問題、防衛問題に踏み込めばそれぞれが一家言、それこそ「獅子の会」伝統の「突き合い」になりかねません。S氏も参加すると聞いていたので、私も久しぶり、そこそこの「突き合い」は覚悟していました。しかし、そうはなりませんでした。

 

私たち世代はいろんな場で言いあい、議論をしたものでした。はじめっから丸く収めようなどとは決して思いませんでした。みんな言うだけ言いあえば、そこからおのずとひとつの道筋が見えてくる、けんか腰もありましたが、最後はちがいはちがい一致は一致でそれはそれ、そうして言いあったものでした。それがひとりひとりの活力にも世の中全体の活力にもつながっていったのだと思います。

 

そうした思いからすると、安倍政権の姿勢はがまんなりません。議論にならない以前に議論しようとはしないのです。言いくるめる、はぐらかす、その場を切り抜けることしか考えていない、そうとしか見えません。フクイチの現状を「アンダーコントロール」と言いくるめ、「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない」はずがいつのまにかしらんふり、「経済第一」の行きつくところの軍事力増強、そのための安保法制、憲法改悪、その先にあるのは宗主国アメリカ様の言いなりの「戦争のできる国」。「アベノミクス」「三本の矢」も所詮お題目、暮らしはさっぱり豊かにならず貧しさに向っているのが実感です。1%の富裕層と残りの貧困層、中間層がぬけ落ちて二極化の進行です。

 

2年前に書いた文章があります。私の体験をもとに書きました。ここで登場する伊藤哲夫さんは、いま話題の『日本会議の研究』(菅野完 扶桑社新書 2016.5)でも「安倍首相の筆頭ブレーン」として詳しく取り上げられています。(155p166-200p239p234-246p254-255p258p290p292p297p )

 

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小林節平和講演会 [舟山やすえ]

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国民怒りの声(怒り新党)」設立前からの企画です。舟山やすえさんの総決起集会にもなるようです。

国民怒りの声(怒り新党)」(「怒り心頭」に掛けたのがおもしろい)をどう見るか、ネットで読んだ所見をメモっておきます。今朝読んだ「与野党対決の中 なぜ「国民怒りの声」は生まれたのか?」 (あいば達也「世相を斬る」5月23日)をどこにメモろうかと思ってこの記事にしました。南陽市文化会館での講演会、注目です。

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(PR)
→南陽市文化会館の舞台。南陽市小中学校合同発表会での荻小学校全員による太鼓演奏の場面です。着用の法被はこの日に合わせて難しい注文に苦心惨憺してつくったもので、Shelterさんからいただいた『都市(まち)に森をつくる』にこの写真を見つけて大喜びしました。

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「報道の自由度」ランキング 72位 [舟山やすえ]

二三ヶ月前からfacebookをちょこちょこ覗くようになりました。舟山康江さんをフォローしていてコメントしたら、反応らしきものがあったので、正気煥発掲示板の頃の気分に戻ってまた書いたのですが、その後の反応はまだです。そんな折、日本特有の「忖度(そんたく)文化」をふまえた、あいば達也氏の「世相を斬る」をなるほどと思いながら読んだので、あわせてメモっておきます。

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国連人権理事会が任命した特別報告者(表現の自由担当)が訪日調査を終え、「日本の報道機関の独立性が深刻な脅威にさらされていることを憂慮する」として放送法や特定秘密保護法の改正を求める声明を発表しました。
重大な指摘、政府は重く受け止めるべきです。

コメント
高岡亮一
高岡亮一 「国境なき記者団」の「報道の自由度」ランキングが発表され、2010年に過去最高の11位まで順位を上げた日本でしたが、安倍政権になった途端に急落し、昨年は過去最低の61位。そして今年は72位と、さらに順位を下げたそうです。われわれ団塊の世代は、日本は「言論の自由」の大義名分の下、若い頃からいろんな場で活発な議論をやってきたように思います。それがひとりひとりの成長をうながし、さらに社会の活力に結びついていたと思います。ただしお互い言いたいことの言いっぱなしでは意味がありません。噛み合わせる努力があってはじめて実のある議論になります。「報道の自由度」のレベル低下は、一方では、一方的物言いの横行をも意味しているようにも思えます。自らを振り返りつつ、身近なところからの見直しが肝要なのかもしれません。他人事ではない気がしてきました。
http://www.asyura2.com/16/senkyo204/msg/721.html
ASYURA2.COM
鈴木信吾
鈴木信吾 全く評価できません。マスメディアが自身等の偏った報道姿勢を棚に上げて国連を後ろ盾に政治利用しているとしか評価できません。
先の安保法案に係る政府側の放送法遵守を求める要請も、内容をしっかり読めば、道義に適ったものと理解できます。
この調査に於ける記者会見の様子もネットで見ることが出来ますが、一方の主張のみ取り上げる偏ったものでしかありません。

放送法と言えば田原総一朗等による高市発言への抗議が思い出されますが、一方で彼らは『放送法遵守を求める市民の会』からの公開討論の要請を無視し続けています。
特定秘密保護法で、田原氏は、原発への潜入取材の禁止などへの懸念を示しましたが、まさしくそれこそテロリストのする事だと有識者から指摘を受けています。
一方で、「仮に特定秘密保護法が無ければ、情報が日本からテロリストにだだ漏れになるため、他国と連携してテロ対策を打つことが不可能だ」との指摘もあり、先のG7でのテロ対策に係る共同宣言と併せてみれば、いかに同法が国益のために重要かは明らかだと考えます。
何より、放送法を批判するのは、放送法を守ってからにしろと。
椿事件の反省も全く無いメディアが、何故放送法を批判できるのか理解に苦しみます。
横沢 鉄平
横沢 鉄平 つまりは、日本のマスコミが世界中から「腰抜け野郎」と言われたわけだ。
奮起してもらいたいね。
国民を国際紛争に巻き込む扇動の道具になるのではなく、真実を伝える真の勇気を持って欲しい。
高岡亮一
高岡亮一 >鈴木信吾さん
かつて「新しい歴史教科書をつくる会」の運動に本気で取組んだことがありました。私にとってその運動の目指すところは、戦後の不毛な左右対立を乗りこえたところに「日本人の共通意思」を見出すことでした。しかし、つくる会の運動自体、「日本人の共通意思づくり」どころか、反対に本来日本人に備わった保守感覚をずたずたにする方向に向けた運動になってしまっていたことに気づかされ運動から離れました http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2006-03-12。とはいえ「日本人の共
通意思づくり」をあきらめたわけではありません。何よりそのためには「言論の自由」が保障されていなければなりません。72位という順位に唖然としました。外からの評価に、まずもって謙虚であるべきです。逃げるしか能のない高市総務相 http://www.asyura2.com/16/senkyo204/msg/721.html は、長谷川三千子先生の気概に学ぶべきです http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2014-02-25

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TPPに至る歴史的経過と根底的問題点(ポール・クレイグ) [舟山やすえ]

高鳥修一内閣府副大臣が環太平洋連携協定(TPP)に署名。氏はかつてブログで「私はTPPについて国家主権の放棄であり、平成の『開国』どころか平成の『売国』だと考えている」と語っていたという。わざわざ和服姿で「国を売る」署名式に臨んだということか。そもそも石原担当大臣からしてTPPについては明確に「反対」を表明していた。あるいは、野党時代TPP反対の急先鋒だった稲田朋美議員は、第二次安倍政権のもとで行革担当大臣に就任した途端、TPP賛成」派に。国会での追及に「考えは変わっていない。状況が変わっただけだ」と答弁。枚挙に遑がない。一事が万事、すべて目先の損得勘定に踊らされる日本の政治家(屋)の現実。要するに、長いものにはまかれろ。政治家としての「矜恃」の持ちあわせはないのだろうか。

昨日、マスコミに載らない海外記事ポール・クレイグ氏の 欧米は経済的破滅への道を歩んでいる 」の記事を読んで、安西正鷹『お金の秘密』を読む(3)われわれはどうやって「いかがわしさ」に馴れさせられたか(前)のコメント欄にメモしておいた。以下は全文コピーに先立って記した文。

《現在の多くの出来事は、欧米経済の金融化というハドソンの説明と切り離して理解することは不可能だ。》という結論が導かれています。熟読玩味に値します。下記要所抜き出してみました。
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《(超アメリカ帝国主義における)債権者の狙いは、債務返済支払いとして、ある国の経済的剰余を丸ごと獲得することである》《アメリカの債権者とIMFは、債務国に、それで利子を支払うため、更なる金を貸し出すようになった。これにより諸国の外国債務は複利で増えることになった。ハドソンは、債務諸国は債務を返済することはできるまい》と予言し、それはメキシコにおいて現実化した。
《経済理論は、実際は、劣等人種から金をまきあげるための道具である》《経済理論は、世界経済が金持ちと貧乏人へ両極化することへの隠れ蓑として機能している》《搾取の主要手段が、金融体制による、利子支払いでの価値抽出であることに気がつかない。》《欧米経済が略奪的な形で大衆の利益を犠牲にし、金融部門が儲かるよう金融化している》

今日読んだ「自らを略奪するまでに落ちぶれた欧米」は昨日の記事を受けて、1%(さらにその1%)の欧米エスタブリッシュメントがいかにしてTPPを構想するにに至ったかの経過とその根底的問題点の指摘だ。いわく、
《(環大西洋連携協定TTIPと環太平洋戦略的経済連携協定TPPは)全員が恩恵を受ける“自由貿易協定”だとされている。実際には、こうしたものは、入念に隠蔽された、秘密の、私企業に主権政府の法律を支配する力を与える協定なのだ。》

以下は欧米についての指摘だが、そのまま日本にあてはまる。
《ヨーロッパいたるところで、腐敗したワシントンに支配された政府が、その存在自体が、ヨーロッパ政府が、自国民の利益でなく、ワシントンの権益を代表している結果である移民に、国民の注意を向けさせ、“彼らの”政府が裏切って売り渡しをすることから、国民の注意をそらしている。/欧米の国民の知性と認識に対して、何か恐ろしいことが起きていて、もはや“彼らの”政府の策謀を理解することができなくなっているように見える。/欧米において、責任を持った政府など過去のものだ。欧米文明を待ち受けるものは破綻と崩壊以外ない。》

以下全文。

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「憲法改正」をどう考えるか。真の「日本の独立」に向けて [舟山やすえ]

参議院選挙の年。山形県の動きが日本全体の動きにも大きく関わると考えている。舟山やすえちゃんに関わるこれまでのいくつかの記事を「舟山やすえ」カテゴリーにまとめてみた。5本あった。この記事も含め「日本の独立」カテゴリーで書いた記事がいくつかあった。7月の参院選は「日本の独立」が問われる選挙であるべきということなのか。


私の考えをよく理解してもらっている(と思っている)方のところへ新年の挨拶に行ってお酒をご馳走になりながら選挙の話になって、教科書運動との関わりから当然安倍首相支持と思われていたのだろう、話が何となく噛み合わなくなってきて、「舟山やすえちゃんになんとか勝ってもらわねばならない」と言ったところで、怪訝な顔をされた。「いったい右なのか、左なのか」。共通の知人(元市職員)が私のことを「変わり者」と言ったという話が出たりして、そのことから話題は別な方に逸れていったので選挙の話はそれきりになってしまったのだが、新年早々安倍首相が「憲法改正」言い出して、選挙の争点としようという動きがある中で、かつて「憲法改正」を訴えていながら、安倍首相の言う「憲法改正」には断固として反対しなければならないという私の「ねじれ」現象をなんとかうまく説明しなければならないと思いつづけてきたところで、今、田中良紹氏の見事な文章に出合った。

 

《そもそも平和憲法を作った米国の目的は、日本に戦争をさせないためでも平和国家にするためでもない。米国の原爆投下や無差別爆撃に対する報復を防止し、日本を永続的に米国に隷属させるためのものである。占領軍は平和憲法に加え日本人の心に戦争の罪悪感を植え付ける「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」を実施した。二度と戦争をさせないための洗脳教育である。》


ほとほと戦争に嫌気がさしている日本人は、「もう戦争はしなくていい」新しい憲法にすんなり乗った。

 

ところが「冷戦」ということになって、「戦争しないんだから軍備もいらない」という憲法を押し付けたはずのアメリカが、軍備をけしかけ出す。


《それを吉田茂は逆手に取った。吉田は軍事で米国に敗れた日本は外交で米国に勝つと考えていたが、9条を盾に米国の要求を拒み、朝鮮戦争で日本人の血を流させる代わりに武器弾薬を提供して米国に協力する道を拓く。占領軍から追放された軍需産業経営者が復権し、朝鮮特需から日本は工業国家として高度経済成長のスタートを切った。》


ここで「軍産勢力」が息を吹き返したのだ。そもそも「冷戦」が先か「軍産勢力」が先かはわからない、阿吽の呼吸、というより表裏一体ということか。以来「軍産勢力」は着々と力をつけて今に至る。しかし表向きには「平和憲法」を建前として、日本人自立の精神の根幹たるべき「国の守り」はアメリカに任せて、日本はひたすらカネを稼ぐことに力を尽くしてきた。吉田首相の引いた路線でその後の日本は突っ走ったのだ。そうしてGDP世界第二位「経済大国」と言われるようにまでなって、それで日本は十分「独立」していたと、思い込んでいた(思い込まされていた)。日経平均株価のピーク3万8915円をつけたのが平成元(1989)年12月29日、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』とか言われて浮かれていたのもここまで、90年代に入るや次第に国際社会の中、日本の置かれた厳しい現状を思い知らされるようになる。


自分自身を顧みつつ、この認識の広がりに副島隆彦氏の果した役割が大きい。副島サイトから「日本はアメリカの属国」の認識が広がり始めるのは平成12(2000)年以降と思う。私が副島氏の本を買ったのは「堕ちよ!日本経済―アメリカの軛から脱するために」が最初。平成12年の刊行だ。その3年前に『属国・日本論』の最初の版が出ている。副島氏は石原慎太郎氏に対して「属国と言ったのはオレが先だ!」と息巻いていた。平成172005)年に『属国・日本論』の改訂版が出ているが、「属国日本」説が広く定着するようになるのはここ10年ぐらいのことではないか。


閑話休題。ゴルバチョフとブッシュの「冷戦終結宣言」が出たのが平成元(1989)年のことだった。


《70年前に日本を永遠に隷属させようと決めた米国は、冷戦の終焉に際しても更に日本の隷属化を考えた。ソ連に代わる北朝鮮と中国の脅威を誇大に宣伝して日米安保体制を強化し、今度は金満国家となった日本からカネを吸い上げる道具に平和憲法と日米安保を利用する。》


「新しい歴史教科書を!」という教科書運動は、すっかり脳天気にされてしまった日本を何とか目覚めさせねばならないという気運の中で生まれた(はずだった)。「日本人の歴史を取り戻そう!」、「日本の真の独立」が旗印(のはず)だった。その目指すところ「押しつけでない日本人の憲法を!」へ行く。「憲法改正」は金科玉条であった。この流れの中に、安倍晋三という政治家もあった。まだ衆議院議員2期目の頃だ。同志と思っていた。山形県支部では教科書運動を、右も左もない、日本人が日本を取り戻す「社会運動」と考えた。少なくとも事務局長を担わされた私はそう考えていた。そうしてそうした広がりができつつあった。それが本部方針によって頓挫させられた。右対左の「政治運動」化してしまったのだ。その時はわからずに本部方針のままに従ってしまった。この辺の経緯については縷々書いたことだ。まっとうな「日本独立」に向けた運動の芽が摘み取られてしまったと、今も慚愧の思いが拭えない。そもそも「新しい歴史教科書」運動の背景には、アメリカのジャパンハンドラーによる巧みな企みがあったのではないかとずっと思っている。それに気づいていた中川昭一は葬られた。安倍晋三は気づけぬ(?)ままに今がある。結果として「売国奴」。


《安倍政権の憲法改正は永久に隷属体制を続ける路線である。かつての自民党が唱えた自主憲法制定とはまるで真逆の路線と言える。そして9条改正反対を叫ぶ人たちも安倍総理と同じ路線の上にある。反対の立場のように見えてそれが米国の隷属を保証する意味で同じなのである。》


安倍政権の憲法改正は永久に隷属体制を続ける路線である——然り、「日本の独立」とは全く相容れないどころか、全く相反する。


以下、田中氏の全文。


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