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「読解力」の前に「共感力」 [教育]

11月7日の山形新聞「気炎」欄、遠部梁村さんの「共感力と読解力」、ものすごく大事な文章に思えました。《読解力の前に必要なのは、多様な価値観を受け入れる共感力なのではないだろうか。》、その通りと思います。「共感力をどう育てるか」は「教育」というより、それ以前「子育て」のレベルから、それこそ「国を挙げて」本気で第一義的に取り組むべきテーマです。すべてはそこから始まります。

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 経済協力開発機構 (OECD)の学習到達度調査(PISA)で2003年、日本の読解力が大幅に低下してから、学校現場では読解力の向上が叫ばれ続けている。また最近では「AIに奪われない仕事に就くために読解力が必要」といった文脈も見受けられる。
 筆者の身近にいる児童生徒の中にも、現代文だけ極端に成績が落ち込む人たちがいる。数学の文章問題や英語の長文訳などは解けているので、 基本的な文法は身に付いているし、漢字や慣用句なども問題なく使えている。 しかし現代文だけとにかく点数が取れない。
 この「成績が良いのに現代文だけ解けない」ケースの場合、問題は「共感力(sympathy)」にあるように思う。
 勉強の習慣はあるが読書の習慣がないので、さまざまな人の考え方に方に触れる機会がない。学校と塾と家庭の中で完結する生活を送っているのであればなおさらだ。 テキストの中にある多様な価値観や文化に触れたことがなければ、そこに描かれていることに共感したりすることは難しいだろう。
 PISA調査における読解力の定義には「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発展させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、塾考する能力」とある。 ただ書かれていることを読み取れればよいのではない。 ここにある 「何のために」の目的の部分を理解できていない生徒も多い。
 自分と社会の関係を切り結ぶためには、いわゆる「お勉強」だけではなく、さまざまな本を読み、地域社会に出て多くの人と出会う必要がある。そもそも「何のために勉強しているのか」を一度自分の頭で考える必要があるだろう。
 読解力の前に必要なのは、多様な価値観を受け入れる共感力なのではないだろうか。

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