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天皇の本質 [神道天行居]

872堺のおっさん :2019/10/31 (Thu) 20:49:45
天皇の存在意義が今一つ立体的になっていない。
これは、ひとえに亀さんを誘惑するシト(女)が悪いのだが、
天皇とシャーマンの深い繋がりを歴史的に理解していかないと
平面的というか、文字面というか、一面的な理解になってしまう。
巫女に代表されるシャーマンは、大体が女性の役割だ。
現代も恐山や沖縄、日本中で霊感が強く、
霊界とこの世を繋げるのは女の特殊な役割である。
天皇に繋がる権威も、亀卜であれ神がかりであれ
神意を代弁しているという裏付けがあってのもの。
この辺りに、天皇の権威を紐解く鍵があるのではないか。

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堺のおっさんの指摘は重い。それをナシにすれば、天皇は天皇でなくなる。

今日朝、月の初めで熊野大社で月例祭。祭り終了後の北野宮司の話がいつも楽しみだが、今日の話、堺のおっさんの指摘に見事にシンクロ。以下、文字起こししました。(遅ればせながらはじめて「音声文字」アプリ使用。もうここまでできるんだ!と感動)

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昨日は首里城焼失を言う衝撃的な事件がありました。 皆さんも首里城に行かれたことがあるかと思いますが、首里城に行くと、王様がおられる空間よりも、もっと高い所にもっと大事な空間がありまして、王様が一番いいところには住んでいるのではありません。 一番いいところに住まいしておられるのは、聞得大君(きこえのおおきみ)といういわば巫女なんです。琉球王朝の最高巫女(ふじょ)なんです。
琉球国王はどういう風にして琉球国王に即位するかと言うと、斎場御嶽という日本で言うと伊勢神宮のようなところがありまして、 そこで聞得大君から琉球国王が、私の耳ではシジとかセジとかその中間くらいのふうに聞こえるんですけれども、 そのセジというものを受けとると琉球国王になるんです。 琉球国王になるのはそのセジというものを受け取って初めて琉球国王になるんです。 そういう儀式なんですね。
沖縄というところは、実は日本の文化が日本の古い文化がそのまま息づいているというふうに考えたのが 柳田国男とか折口信夫。折口信夫という人は実は先代宮司の恩師なんですけれども、折口信夫という人は沖縄のいろんな行事を見て、日本の 古典を解釈して大きな成果を収めたんですけれども、そのことは、実は天皇陛下の御即位に関しても言えるんです。 今月は大嘗祭が行われますが、 その大嘗祭についても、画期的な論文を示したのが折口信夫という先生なのです、『大嘗祭の本義』という今でも名著なんですけれども。
その大嘗祭の本義というのは、 実はそれは沖縄を参考にしていることは明らかなんです。琉球国王はセジを身に受けることによって琉球国王になるんですけれども、天皇様は天皇霊というものを身につけることによって天皇におなりになるその天皇霊を受け取る儀式が、 実は大嘗祭なんだと、 こういう風に折口信夫は説かれたわけです。
ではその天皇霊とは何かということが問題になるんですけれども 古い文献に残ってる言葉なんですけれどどうもそれは折口先生が考えたのは、その天皇霊というのはお米であると考えたようです。
高御産巣日神様(たかみむすびのかみさま)という産巣日(むすひ)の神様 神様をお祀りした神聖な田んぼ、 悠紀殿と主基殿とかの田んぼでお米を作るという話をお聞きになったことがあると思いますけれども、そこでは産巣日神様をお祀りして、そこで穫れた神聖なお米を陛下が身に付けられるつまりというのは日本の色んな生命力の集まりですから 、それを身につけることによって、 陛下は天皇としての資格をお取りになる。そして合わせて その生命力を身に取り込むことによって、ますますお元気でご活躍いただける。これが大嘗祭の本義であると説かれたわけです。まったくその通りだと思います。
それは私でも民間にとってもそうでございまして、もうすぐ私どもの所でも新嘗祭をやるわけですけれどもその時この土地でとれたお米 、そのお米の生命力を身に取り込んで、そしてますます元気に私どもも過ごす。 実はこれが秋祭りの本当の意味ではないか。もちろん実り豊かに成ったということを大神様に感謝申し上げるということも、もちろんそうなんですけれども、それ以上に自然の大きな恵みを身に取り込むというのが秋祭りの本義大嘗祭というのは、言ってみれば秋祭りなんだったということなんであります。一代に1回の大きな秋祭りがこの度行われる大嘗祭。大嘗祭を経て陛下は初めて天皇におなりになるという儀式が今月の14日でありますのでご注目していただけたらと存じます。 

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あらためて思い起こす葦津珍彦の言葉がある。《古典によれば、古代人は禊祓によって、身を淨め、鎮魂につとめ、神々に接して、神意をきくのにつとめたのではなかったか。それこそが古神道の根幹なのではなかったか。》《神懸りの神の啓示によって、一大事を決するのが古神道だった。だが奈良平安のころから段々とそれが乏しくなり、近世にはそれがなくなったとすれば、古神道の本質は、すでに十世紀も前に亡び去ってしまっているのではないか。神の意思のままに信じ、その信によって大事を決するのが神道ではないか。それなのに、神懸りなどはないものと決めて、神前では、人知のみによって思想しつづけ、ただ人間の側から神々に対して一方通行で祈っているとすれば、それは、ただ独りよがりの合理的人間主義で、本来の神道ではあるまい。》《古神道にとって、この神懸りの神秘は、必須の大切なものだったはずである。その神懸りが権威を失った近世の神道は、古神道の生命を失って形骸を存するのみとも云い得るのではあるまいか。それは、神道でなくしてただの人間道なのではあるまいか。》(葦津和彦「古神道と近世国学神道」『神国の民の心』 島津書房 61所収)「古神道」を「天皇」と読み替えていい。「宗教云々」ではなく、「現実」「事実」としてそうなのだ。そうして日本は続いてきた。

もうひとつ、「天皇霊とはお米である」に神道天行居の御神璽を思い、ドキッとした。→長白山行(9)白頭山天池⑦ 鎮斎の神璽についてhttps://oshosina.blog.ss-blog.jp/2019-08-15




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