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長白山行(1)水師営会見所 [メモがわり]

26日、お祭り最後の締めとなる獅子冠事務所反省会を終えて2時過ぎ帰宅、バタバタしつつも竹さんと共に5時28分発新幹線で出発。群馬の小野寺氏と合流して羽田に前泊。翌朝7時過ぎの始発便で関空に向かい、九州からの阿部氏、古森氏と合流して10時過ぎ大連へ。中国に3泊4日、昨30日午前10時過ぎ瀋陽を発ち2時過ぎ(日本時間/所要3時間)成田着。東京の叔母に立ち寄って夕べ11時過ぎ無事帰宅。旅の目的は「白頭山神璽86年祭」の斎行。「ちゃんと保険に入って行って」の家内の声を搭乗間際に思い出し、傷害死亡2,000万円、疾病死亡550万円、治療・救援無制限の自動保険手続き、7,000円の金額にビビりつつ、「これは博打」と気持ちを納得させ泣く泣く1万円札と別れたのだったが、全く無駄になったのは「良かった」。

大連DSC_1671.jpg大連といえば、清岡卓行の「アカシヤの大連」という芥川賞受賞作があり、読んではいないが大学紛争最中(昭和45年1月受賞)で、その頃話題になったのだろう、なんとなく清冽なイメージで大連の街がある。空港を出て目に入る光景が、黄砂のせいなのかうっすら曇って見え、持っていたイメージとそのまま重なった。小柳ルミ子が歌っている「アカシヤの大連」を見つけて今聴いた。満州生まれのなかにし礼作詞。「・・・街のあちらこちらに 日本の匂いが かすかに残る 夢のふるさと ・・・希望の小鳥が 飛び交うような 微笑む街よ ・・・誰か愛する人と ここで暮らしたい そんな気がする 夢見る街よ」、ゾクッとする。ゆっくり眺めてきたわけではないが、その街に触れてきたというだけでうれしい。そもそも竹さんの名前が父親の源治と乃木希典に由来する「源典」ということで「二百三高地」訪問を切に希望したことからの大連着だった。
会見所撮影DSC_1673.jpg
(会見所に展示されていた写真必読!水師営の会見 ~ 乃木将軍とステッセル将軍
水師営会見所DSC_1678.JPGまず行ったのが「水師営会見所」跡。乃木将軍とステッセル将軍の会見が1905年1月5日、「水師営の会見」の歌がある。佐佐木信綱の作詞で文部省唱歌。当時の建物をそのまま復元したらしい。それにしても女性の説明は実に行き届いていて、二百三高地訪問に先立っての見学は本当にありがたかった。今知った記事によると、地元のタクシーなどはあまり推奨する場所ではないということだが、日本人に対しても非常に好意的な説明で、資料館にはよく今まで保存してくれたと思える多くの資料が展示されており、とりわけ満鉄時代の栄光を偲ぶことができたのはうれしかった。会見の場所に乃木希典の金州城外作「山川草木轉荒涼 十里風腥新戦場 征馬不前人不語 金州城外立斜陽」の碑があり、阿部さんと竹さんと私で不十分ながら吟じてきた。最初の見学場所だったが、「満州」が一挙に身近に思えたことだった。(つづく)

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水師営会見所で買った昭和13年から15年ごろの大連地図コピー。一軒一軒の商店名の記載もある。

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