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「石貨」について 〜suyapさんからの返信へ〜 [思想]

suyapさんからの返信にこうあった。

《>>「オカネ」の発生は「物々交換」ではない、そもそもは「心の交流」を
>>物象化したことに発する。
    ↑↑
>だ・か・ら...ヤップ島の『石貨』は元々「おカネ」ではありませんので、「おカネの発生」とは切り離してお考えくださいませ。》

自分自身かなり右脳的と思っているのだが、それでも左脳的に理解しないと気が済まない習性があることに気づかされ、家内とのなんとはなしのズレなど思い起こさせられた次第。ただ、いよいよヤップ人にとっての「石貨」の意味が知りたくなる。suyapさんの現地証言がますます貴重に思える。そこを通して理解するしかない。

と、昨日ここまで書いていて今朝、suyapさんがサイトを立ち上げられ、これまでの内容を整理していただいたのを知った。

日比谷公園にあるヤップ島の石貨についてhttp://www.naturesway.fm/yap_hibiya.html

《ヤップ島は典型的な共生社会で成り立っていました。そういう社会では、人と人の結びつきが何より大切で、その結びつきを作るひとつのツールが石貨なのです。つまり、交換を通して両者(人対人、人対コミュニティ、コミュニティ対コミュニティ)が結ばれる。結ばれているということは、何かあったら お互いに助け合うということです。/そして石貨を含め、こういう結びつきを作るツールをやり取りするとき一番大事なのは、その場面(両者が繋がろうとする場面)で、一方から差し出されたツール(たとえば石貨)が、その目的(相手から提供されることを期待している便宜)と「釣り合う」ということです。両者が「釣り合った」と認めないと、結びは成立しません。つまり、価値が高すぎても低すぎても相手に失礼...という感覚です。/現代でもヤップ島の石貨は上記のように使われますが、「詫び」に使われるケースも多いです。つまり何らかのトラブルで壊れた関係(結び)を修復するためにも使われます。ある村の若者が他の村にドロボーに入ったら、もちろん刑事罰も食らいますが、それだけでは済みません。ドロボーを出した村は、迷惑をかけた村やファミリーへの詫びに、「どの石貨(または貝貨)が『釣り合うか』」、ほんとうに真剣に吟味します。》

「自分の日常的体験に照らして、どうしたらヤップ人の石貨的ツールが発生するのだろうか」というのが今の私の問題なのだが、オカネやモノのやり取りのない「人と人との結びつき」について、ふとfacebookの「友達リクエスト」が思い浮かびつつ、「放知技」板で以下、とりあえずの疑問を呈示してきたところです。

①それぞれの「石貨」の所有は定まっているのですか。
そうだとして、
②個人の所有とコミュニティの所有があるのですか。
③所有の変更を当事者以外はどうやって知るのですか。

以下、一昨日「放知技」板でのsuyapさんからの返信です。

*   *   *   *   *

782:suyap :2019/06/25 (Tue) 22:54:17

>>774 はぐらめいさん、
コメント、ならびに放知技への書き込みにレスをありがとうございました。
 >「オカネ」の発生は「物々交換」ではない、そもそもは「心の交流」を
 >物象化したことに発する。
    ↑↑
だ・か・ら...ヤップ島の『石貨』は元々「おカネ」ではありませんので、「おカネの発生」とは切り離してお考えくださいませ。
    ||
経済学だら何たらのセンセは、「いや、それでも石貨もおカネである」と言われるかもしれませんが、私の中では「おカネではない」のです。
    ||
戦後70年以上も経って、アメリカンな教育とUSドルにどっぷり漬かって生きているモダン・ヤップ人の中には、外国人が書く文献を鵜呑みにして、「おカネ」として石貨を理解しようとして、消化不良を起こしている人もいますけどね。

 >「人格としての石貨」まではなんとなくイメージできますが、
 >それがヤップの人たちにどんな意味を持っているのか

 >ヤップ人感覚にとって石貨とは何なのか

上記のとおり、戦後70年以上も経っているので、ワケワカメなヤップ人も増えています。石貨(ならびにその他の「関係をつくるツール」の使い方、意味、価値を伝承されずに育った世代が増えているのです。

そういう世代が大勢になると、今後、石貨はただの観光オブジェになるのでしょうね。

ちなみに日比谷公園に、大正末期にヤップから渡った石貨があるのをご存知ですか?

それは南洋庁ヤップ支庁の第二代支庁長が離任するときにヤップ人からもらったものだそうで、帰任後、東京市(当時)に寄付したそうです。

その写真を見たヤップ人は、異口同音、「石貨の置き方を間違っとる」と、言い、不快な顔になります。

>>720で書いたとおり、伝説では元々鯨を彫ろうとしていたわけですから、運ぶ都合上、鰭や尻尾を削り落としても、頭の部分が尻尾がついていた部分よりでかく、やや縦長になっています。立て方としては、細めの尻尾の部分を地面に接して、不安定ながら頭部分を上にし、約15度くらい傾けて立てます。

ヒビがはいったか何かで立てられなくなった石貨の価値は失われます。

ところが日比谷公園では、安定するようにと配慮したのでしょうが、横長に(つまり鯨を横にして)、しかも45度くらいの角度で展示しているのです。

その上、その説明書きがまたデタラメときてる...

東京都の公園課(?)かどこか、しかるべき筋に注意してあげようと思いつつ、今に至っています。ああ...誰か指摘してあててくださいませな。

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 星空サラ 姫野義昭



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by 星空サラ 姫野義昭 (2019-06-28 23:17) 

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