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mespesadoさんによる1億人のための経済談義(番外23) そもそもの「税金」と「借金」 [mespesadoさんによる1億人のための経済講]

「税金は国家の財源なのではなく、単なる通貨の回収に過ぎない」(税金は後付け)「借金は貸し手が返却を請求した場合にのみ返す必要がある」(日銀が国に「借金返せ」とは言わない)

この二つがわかれば、展望は限りなく拓けてきます。mespesado 理論の真髄です。

未来にビクつくことなく、思うままに夢と希望を広げよう!→夢を描く能力が問われる時代https://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2017-09-27

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358:mespesado:
2019/04/13 (Sat) 09:18:26

 >>356 のリンク先等を読んでいくうちに、MMTというか、貨幣の「正しい理解」において、今まで指摘していなかったことで二、三指摘しておかなければならないことがあると思ったので説明します。
 まずその1は、「税金は国家の財源なのではなく、単なる通貨の回収に過ぎない」という、私も繰り返し指摘している事実ですが、この事実が理解できればあとはスルスルっと理解が進むという点で、これが最大の関所だと思っています。だから、この事実をいかにして納得してもらうかが勝負です。
  ところで、この事実、「管理通貨だからこそ成り立つ事実」だと思っていないでしょうか?もしそう思っているなら、まず「管理通貨とは何ぞや」というところ から話を進めなければならないのですが、「管理通貨」という概念を説明するのはムツカシイ。それに対して「本位通貨」というのは理解しやすい。例えば「金 本位制」の場合で説明すると、「オカネ(紙幣)とは金の引換券である」…この一語で定義は済んでしまいます。「あ、そうか、オカネを受け取った方も、いざ となれば金と引き換えてくれるから安心して受け取れるから、結果として貨幣として通用するんだね」ということなんですが、そこまでの理解が無くたって、 「ああ、貨幣は金の“代わり”だから価値があるんだね」で理解してくれます。
 ところがここで朗報です。実は「税金は国家の財源ではなく、単なる通貨の回収だ」という事実は、なんと、「本位通貨」であっても正しいんですね、これが。
 なぜかというと、金本位制においては、国家はいくばくかの金(きん)を保有しています。そして、この金の引換券として紙幣を発行します。
 この場合、紙幣の発行額にはおのずと限度があります。なぜなら、紙幣が金の引換券である以上、国家が保有している金の総量以上に紙幣は発行できないからです。
  ところが、国家は毎年「国家予算」を立てなければならない。公務員の給与とか防衛費とか、社会福祉費とかで、毎年必ず一定額以上の予算額は発行し続けなけ ればならない。なので、もし紙幣の発行「だけ」を続けると、いつかは引換券である発行貨幣の額面の合計が、国家が保有している金の総量を超えてしまうの で、予算が組めなくなってしまう。
  これを防ぐために、国家は既に発行している紙幣(=金の引換券)を、実際に金と引き換えられる前に「回収」する必要があります。そうすれば、この「回収し た額面」分の「金の引換券」を次年度の予算額として新たに発行することができる。つまり、この「回収額」こそが、「税金」に他ならない、というわけです。 これなら誰でもわかりますよね?
 要するに、「管 理通貨」と「本位通貨」ではいずれも「税金」が「通貨の回収」であって「財源」なわけではない。ただし、通貨を回収する目的が、「管理通貨」の場合は「イ ンフレを防ぐため」であり、「本位通貨」の場合は「金との交換を保証するため」である、という目的の違いに過ぎない、というわけです。

359:mespesado:
2019/04/13 (Sat) 09:26:16

>>358
> 実際に金と引き換えられる前に「回収」する必要があります。

 ↑この部分、もっと過激に

> 実際に金と引き換えられる前に「回収」して「捨ててしまう」必要があ
> ります。

という表現にした方がいいですね。要するに、オカネの循環は、は予算の発行で始まり、税金による回収で(用済みになり)終わる、このことをはっきり意識の上で自覚することが大切だからです。

360:mespesado:
2019/04/13 (Sat) 09:51:19

>>358
 「その1」のそのまた補足です。
 現在のお札、すなわち日本銀行券は、1931年の金輸出再禁止と同時に金貨との兌換が停止され、兌換銀行券から不換銀行券となり,現在に至っている、と一般には説明されています。
 しかし、この時点で「兌換」から「不換」に変わったからといって、直ちに「管理通貨制度」に移行したと思うと大間違いです。
 なぜなら、ここに為替の問題があるからです。
 日本の円は、戦後も基軸通貨であるドルと1ドル=360円の固定相場制を取っていましたが、この為替レートは次々に円高方向に切り替えられ、ついに1973年に変動相場制に移行しました。
 固定相場制、すなわち基軸通貨ドルとペグしているということは、金の代わりに、定められたレートの「ドル」と交換を保証しているというわけですから、これは「ドル本位通貨」であるということに他なりません。つまり、日本の通貨は1931年ではなく、もっとはるか先の1973年までは「本位通貨制度」だったのです!
 しかも、円が兌換紙幣から不換紙幣に変わった時は、お札のデザインを切り替えましたが、固定相場をやめて変動相場に移行したときはお札を切り替えたわけではありません。
 これでは「円」が、MMTが主張する「管理通貨制度」としての特徴を持った通貨であるという自覚が国民の間に生まれないのも当然といえば言えるでしょう。それだけでなく、固定相場時代のなごりで、円とドルの交換が、「長 さ」という同じ「物理量」の単なる単位 メートル←→フィート の換算と同じことに過ぎない、つまり「同じ通貨」の「単なる数値の換算に過ぎない」という誤った理解を生むもとにもなっているわけですね。これ、日本だけ でなく、ヨーロッパもそうだったはずで、だからこそ「わが欧州では各国がばらばらに通貨を発行していて一々換算がややこしい。なら“単位”をそろえてしま え!」てな軽い気持ちで通貨統合してしまったんではないか(もちろん通貨統合で得をする黒幕のドイツは、わかってて欧州国民全体をこのように騙して実施に こぎつけたのでしょうが)と思われるのです。

361:mespesado:
2019/04/13 (Sat) 10:33:16

>>358
 続いて指摘しておかなければならない事項その2です。
 >>356リンクの中で

> 国債発行を赤字と捉えているから心配になっているのでしょう。

という発言がありました。「国債残高」「(国の)借金」「財政赤字」「(国の)負債超過」といろんな表現がありますが、これらは同じもの?違うもの?
 これらがすべて同じものというと言い過ぎですが、すべて違うというわけでもなく、人や文脈によってそれぞれの意味する対象が違ったりしています。
 そこで注意すべきポイントは、「借金」と「負債」の違い
 「借金」とは、いついつまでに約束したお金を返すという条件でオカネを借りること。 例えば民間の会社が発行する「社債」はそうだし、国の発行する「国債」も借金であることに変わりはありません。借金であるか否かということは通貨発行権を 持つ相手だろうが持たない相手であろうが同じことです。で、「借金」である以上、返却を約束した日には返さなければいけません。これは「通貨発行権を持 つ」国の「借金」であっても変わりません。
 これに対して「負債」とは、「借金」の累計額です。一見同じものに見えますが、「借金」が必ず返さなければならないので、その累計額である負債は「いつかはゼロにしなければならない」ものだ、と普通は思いますよね?
 でも違います。これは別に「国の負債は国が通貨発行権を持つから」ではありません。これもやはり通貨発行権とは関係ありません。
 例えば高度成長期の企業の次のような行為を考えてみましょう。
  その企業はある年に設備投資のために2年後に返す約束で1億円借りました。次の年、新たな設備投資のために2億円借りました。次の年、2年前の1億円は約 束通り返しましたが、新たに設備投資のために3億円借りました。次の年、2年前の2億円は約束通り返しましたが、新たに設備投資のために4億円借りまし た。以下同様…。
  この場合、この企業は「借金」は律義に必ず返しています。しかし「負債」の額はどうなっているかというと、1年目の終わりには1億円、2年目の終わりには 3億円、3年目の終わりには5億円、4年目の終わりには7億円…というようにどんどん雪だるま式に増えていっています。全然ゼロになる気配もありませんw
  ただ、高度成長が無限に続き、売り上げも鼠算式に増えて行くのでない限り、私企業の場合は借金の額を減らしていかないと破綻します。なぜなら売り上げが伸 びないと、まさしく自転車操業で、「サラ金で返済のためにまた新たな借金を重ねる」のと同じで、貸し手の所持金の総額が有限である以上いつかは借りること が物理的にできなくなるのでその時点で破綻するからです。
 これに対して通貨発行権を持つ国の場合は、借金を返すために必ず別の誰かから新たな借金をする必要がありません。なぜならいざとなれば(いや、別にいざとならなくても)自分でオカネを“刷れば”よいからです。だから私企業のように「負債がどんどん増えても永久に破綻することがない」わけです。
 このような「借金」と「負債」と「通貨発行権」の概念を明確にしておかないと、「国債は借金ではない」とか「国は借金を返す必要が無い」というような表現をついつい使ってしまい、緊縮派の論争相手からツッコミを受けることになるので用心が必要です。

362:mespesado:
2019/04/13 (Sat) 10:49:57

>>361
 さてさて、またもや、今度は「その2」に対する補足です(すいませんねぇ、ちゃんと構想を立て終えてから投稿すればよいものを、思いつくそばから書き込んでるのでこうなってしまいます。読者の方、ゴメンナサイ)。
 前稿で「国債」も「借金」だから、「必ず返さなければならない」と書きました。しかしこれには例外があって、「相手がグルの場合は返さなくてもよい」のです。グルとは、償還日が来ても「返せ」と言わないことを約束しておく、ということです。
  もしも国債の返却を「償還日以降は『いつでも好きな時に』現金で償還いたします」と裏書きしてあれば、償還日に返してもらう必要はありません。実際、当面 換金して使う当てがない国債は、いつでも換金してもらえるなら、このゼロ金利の下ではそのまま放置しておいても対して損にならないので放置する人も多いは ずです(もっとも、今の国債は電子的に数字をやり取りするだけですから、償還日には有無を言わさず口座の数字を国債口座から個人の口座に自動的に振り替え られてしまいますが)。
 で、グルと言ったのは、相手が「日本銀行」の場合で す。金融緩和でも国債の直接引き受けでも何でもいいですが、日銀は国債を引き受けたら、そのまま償還日が来てもそのまま塩漬けにしてしまえばよい。償還し た国債はオカネと同じで額面の資産扱いです。わざわざ政府に日本銀行券に交換してもらう(つまり日銀にとっては自分の資産である国債と自分の負債である日 本銀行券を等価交換し、貸借対照表の資産と負債を同額ずつキャンセルする)必要はないはずです。だって損得がないんですから。
 なので、「借金は返す必要がある」というのは正確には「借金は貸し手が返却を請求した場合にのみ返す必要がある」に変更させていただきます。

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