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芳武茂介展開催中! [芳武茂介]

芳武茂介展チラシ.jpg宮内公民館で「南陽が生んだクラフトデザインの創始者 芳武茂介展」が開催されています。昨日(3日)から13日(木)まで。広くはない場所に、よくこれだけ集めた!展示物がぎっしり。芳武茂介の全貌がわかります。今でこそ「デザイン」という仕事は、ものづくりにおけるソフト分野としてそれ自体独立した地位を占めていますが、以前はそうではありませんでした。伝統的な 職人的ものづくりの世界では、昔からのやり方そのままの踏襲が基本であり、そこに新たな意匠を付け加える必要はなかったのです。近代になっては外国製品そ のままのコピーで事足りていたのです。東京美術学校(現東京芸大)工芸金工科卒業後、昭和10年商工省(通産省を経て現経産省)工芸指導所に入所した芳武茂介は、まだ日本人のだれもデザインというものの大切さに気づいていなかった中にあって、ものづくりにおけるデザインの重要性に着目し、商工省の役人として国家的立場から啓蒙する役割を果しました。/ 日本従来の工芸的手工業から脱皮し、最新の科学と技術を取り入れて良質と量産の両立を目指すにはどういう形と機能をもつ製品を作るか、そのためにはまずデ ザインから始めなければなりません。茂介はそうした時代の要請にいちはやく着目し、クラフトデザイン運動の先頭に立って外国製品のモノマネ文化を脱し、日本製品が世界で評価される礎をつくったのです。》と書いたことがあります。生来の器用さが田島賢亮先生の薫陶によって大きく花開いたひとりです。その先駆け感覚は小田仁二郎と双璧です。

目新しいところでは三条の洋食器が展示されています。茂介展DSC_0673.jpg長井中学時代に画いた先生の似顔絵等も貴重です。「宮内よもやま歴史絵巻」「自由に、自由に」という田島先生の薫陶を受けた茂介の絵は全校生徒の憧れの的でした。》と書いていますが、なるほどと思えます。商工会青年部のとき講演を聴いたことがありますが、縄文と弥生の比較で、弥生の方を評価されていたという印象があります。工芸作品はまさに弥生感覚です。当時「飛び抜けた人」という感じで受けとめました。そのころ私は縄文感覚がすごいと思っていましたから。ただ宮内感覚を生涯大切にした人であることは、今回展示された多くの絵画からしっかり伝わってきます。「日本工藝デザインの草分け」ということで、今後さらに評価が高まる人と思います。(「宮内よもやま歴史絵巻」の芳武茂介編も展示していただいています。)

今回の展覧会、やまがた社会貢献基金協働助成事業の助成金での開催です。金の出所はどこにでもあるものです。問題は「何をやるか」。宮内公民館の資料室に眠っていた芳武茂介さんに光が当てられたのはほんとうによかった。必見です!(同会場で「宮内よもやま歴史絵巻」出張展も開催中。ぜひご覧下さい。芳名簿にご記入もお願いします)

茂介展DSC_0665.jpg茂介展DSC_0666.jpg茂介展DSC_0667.jpg茂介展DSC_0668.jpg茂介展DSC_0669.jpg茂介展DSC_0670.jpg芳武家DSC_0671.jpg

【追記 30.12.7】

山形新聞 12.7

芳武茂介展 山新301207.jpg


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