SSブログ

日本基督教団宮内教会創立100周年 [こども園]

宮内教会01-00.jpg一昨日(1112日)日本基督教団宮内教会創立100周年記念ということで、午前中定例礼拝に参列して近藤国親前牧師の説教をお聞きし、午後からは原裕(ゆたか)天童教会牧師による説教の記念礼拝と日本キリスト教団東北教区センターエマオ館長の松本芳哉先生の講演、そして最後は證誠殿での 愛餐会、中味濃く一日を過ごしました。

 

宮内教会は1917年(大正6年)の高畠講義所を嚆矢とし、5年後の1922年(大正11年)当時製糸業隆盛で賑わう宮内に移ります。第二代牧師の川島専助氏が当時を記した書簡が残っています。「宮内、賑わいの記憶(4)」で書いていたので再掲しておきます。

※『宮内教会と私』川島専助(昭和53年88歳時の宮内教会宛て書簡より)《1927年(昭和2年)春4月、東北学院神学部を卒業した私は迎えられて、置賜伝道教会二代目主任者として、宮内町旭町の宿舎に着任しました。家族は私と嫁たる妻きみ及び信者であるその老母の三人でした。初めての土地で、主にある兄弟姉妹方の親愛なるお迎へと御先導に預かって、駅前通りの長屋に間もなく安着出来た次第でした。/ 当時、宮内教会には教会用家屋(牧師館を含めて)に適当な貸家が無く、前任者笹原周先生はお困りの果て、旭町の石黒醤油醸造所所有の貸家(二階建て棟割長屋の二軒分の仕切り壁を披いた物)を借用していました。便所は裏に建てた共同用の物で、水道は共同井戸、風呂場は狭い勝手の隅に在りました。そして二階を全部礼拝用に、階下を全部私共の住居に使用しました。しかし、此の借用も一年たらずで翌年早く、田町山道の方に未完成乍ら新住居として借用出来る物を与えられて感謝でした。(所有主は別の石黒氏)/ その頃、旧制中学の女学生が数名礼拝に出席していましたが、学校ではこれを喜ばず、為に彼女等はその不如意に耐え忍んでいましたが、それもいつの間にか消えて無事に治まったことは幸いでした。町の内外には十件以上に亘る大小の製糸工場があり、相当活気があって、女工姉妹達が冬にも夫々隊をなして礼拝に出席して、集会を助けて呉れました。聖日礼拝は若い方々の仕事の都合で夜分これを行い(出席者は多い時には三〇名未満)、昼間は、S.S(日曜学校)中心の集会及び夜の礼拝のために訪問を行い万全を期しました。S.Sの教師陣は私ども夫妻と大中婦人伝道者(宮城女学校聖書科卒)の三人で生徒は女学生以下総数三〇名位でした。しかし、私の言葉が早口の為か、なかなか言葉の理解が困難のようでしたので、止む無く私は週日の夜分一、二回、私が国定教科書(高等科用国語)を携えて、漆山の「上(かねじょう)工場の寄宿舎に出張教授を試み,又、工場の休み時は若い姉妹方が数名礼拝堂(借家・教会の二階ハ畳二間を抜いた座敷)の階下の拙宅居間で、古流生花を家内から教えられていました。そのうち、「用地買入れ及び教会堂建設の議」が起こり、資金入用の際の一助として、姉妹方の生糸作業用に小箒(原料藁は農家出身者に寄付を順って)を作って、これを買って頂きました。》

 

森芳三著『羽前エキストラ格製糸業の生成』(御茶の水書房 1998)「労働体制とキリスト教倫理」の章に、大正9年にできた郡是長井工場の工女に対する精神教育について詳しく書かれています。「郡是」は苗字かと思っていたら「社是」「国是」の「是」つまり「郡の是」の意、創始者の波多野鶴吉が熱心なクリスチャンで、「表から見れば工場、裏から見れば学校」の「修道教学」の理念を掲げた精神性を尊ぶ企業でした。大正12年(1923)には伝道師川合信水を教育係として招聘、以後郡是の全国各工場では朝の朝礼、強健術(肥田春充は実弟)、夕べの瞑想・キリスト讃等が行われ、日常生活の行儀作法も厳しく躾けられるようになったのでした。その影響は当然漆山、宮内にも及んだわけで、そうした工女教育にいちばん熱心に取組んだのが金上製糸であり、それを担ったのが宮内教会で、女工姉妹達が冬にも夫々隊をなして礼拝に出席」の状況だったわけです。

 

06-DSCF7715.JPG05-DSCF7712.JPG松本先生の講演であらためて聞くことになったオルガンの話。私も子どもの頃からなじみの深いオルガン、修理によってかつての響きが戻ったことも感動的でしたが、そのオルガンは宮内に教会が移ったその翌年(1923 大正12年)に備えられたことが、このたび松本先生に修理をお願いすることで確認できたのです。その時の寄金者の名前がオルガンの中にズラリ並んでいました。その多くは女工さんと思われます。購入金額の詳細も明らかにされました。

4-DSCF6672.JPG6-DSCF6669.JPG5-DSCF6667.JPG教会オルガン購入金額.jpg 

https://www.youtube.com/watch?v=wJY83I4Pkqg&index=1&list=PLrroaAdrvflR85JOBxxcXuxVw_HiR2aLD

 

01-DSCF7730.JPG愛餐会では来賓ということで挨拶させていただきました。3年前にスープの冷めない距離に新居を構えた65歳の息子が親の100歳を祝うようなもので、来賓という紹介でいいのかなと思いつつ壇上に立ちましたが、いろいろ昔のことを思い出したりしながらついつい長く話すことになり、あらためて教会への思い、つながりを確認しました。

 

かねて思っている、教会は宮内という地域にとって「世界に開いた窓」だったということを主題に話したつもりです。昭和7年の五一五事件の数日後賀川豊彦先生が宮内で詠まれた「春すぎて緑の山に小鳥鳴く世のさわがしさ気にとめぬごと」の歌がそのことを象徴しているといえるかもしれません。その良し悪しは別にして、宮内に来てみたら、首相が凶弾に倒れるという一大ニュースも関係ない世界だったわけです。全集で「宮内にて」とあるこの歌を見つけたとき、いかにも宮内らしいと思ったものでした。「いつかこの歌碑をこども園の裏手のサクランボの木のあたりに建てれたらというのが私の夢です。」と話しました。各地からの牧師さんが来られてそれぞれ挨拶されたのですが、「現在の教会が『世界に開いた窓』といえるだろうか」と自問される年配の牧師さんがおられました。私の知る限りのクリスチャンはいい人ばかりですが、キリスト教の現在日本における存在意義ということになると私には見当のつかない問題です。内部でも切実な問題として意識されているんだろうなあと感じさせられたことでした。

賀川豊彦と宮内 100周年記念.jpg

 

 


nice!(0)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 2

めい

マドモアゼル愛さんの「愛の日記」、大事な文章だなあと思いつつ読んでいたら、最後に讃美歌が出てきたので、ここにメモしておくことにします。

   *   *   *   *   *

■ 個と場 New! 2017年11月15日(水)
http://www.love-ai.com/diary/index.php?date=20171115

私たちを取り囲む場所と、個人の意思や個人の思いとでは、基本的にどちらが強く影響されるかと考えた時、答えは場にあると思います。

仲間と楽しく語らう、平安で豊かな場に、一人でも批判的でおっかない感じの人が来たら、それまでの楽しい豊かな雰囲気はなくなります。個々の中にある思いはやさしさや思いやりにたとえ満ちていたとしても、その場では場の雰囲気が優先されてしまうわけです。

豊かでやさしく思いやりに満ちたものは、繊細で押しつけがありません。反対に批判的で暴力的なものは、一方的で他のものを押しやってしまいます。

戦争が近づけば、軍歌が町に流れ、平和の思いを圧倒するような雰囲気になっていくことは、日本でもドイツでも戦前に体験した通りです。今の日本も何となくそんな雰囲気に近づいている気もしますが、昔と今とでは個々の思いが違い過ぎるので、戦争など起こせませんし、万が一起こしたとしても、一体、誰が戦うのか、好戦派としても非常に心もとない状況でしょう。

ともあれ、その場に占める力は、豊かさや平安よりも、強圧的なものが強いことは事実です。

家庭内で父母が強圧的であれば、その家庭は強圧的な場を作りますので、そこに居る人は誰一人、平安でも豊かでもなく、基本的に怯えています。

子が成長する家庭という場で、怯えながら育った人と、平安で豊かで、やさしさの中で育った人とでは、天地の差があって当然なのです。

このように場は個よりも優先する性格があります。なので、良い場で育ったり、良い場の中に居られることは、本当の意味での幸福とつながりやすくなります。

なので、私たちの生きる本当の目的は、端的に言えば、良い場をつくることにほかなりません。

それぞれがそれぞれの場でどのように振る舞い、その振る舞いからもたらされるものは、平安なのかそれとも暴力なのか、、、それに尽きるわけです。

何も理想論で言っているわけではありません。また、幸福に至る色々な要素の中で、たったひとつだけ場の重要性を取り上げることに違和感を覚える人もいることでしょう。

行動で平和運動をしている人もいますし、戦争の悲惨さを訴えかける運動をしている人もいます。それは大変意味ある行動であることは事実です。私が言いたいのは、そういうことではなく、あくまで場の重要性であり、こうした平和思想も反対運動も、それを受け入れる場がない限り実現しないという点です。

まず場なのです。実はフリーエネルギーの法則がそれです。場の重要性なくしてフリーエネルギーは訪れません。スタップ細胞の実験でも成功する場合と失敗する場合があるのは、行っている内容やプロセスにその原因があるのではなく、作られる場に違いがあるからなのです。

場。その場を作る人に原因があるのです。荒れた意識の人には好い場は作れないのです。

荒れた意識、良くない思い、暴力的な発想などは、すべて個の悲観的な一方性から来るもので、全体と切り離されたところにあります。暴力的な発想には、お互いという概念がないのです。全体と切り離された個を押し出すだけ。

周辺の場を支配することで勝ったと思うのは、孤独ということです。

話しが再び精神論に流れていくので戻しますが、場とエネルギーの関係なくしてフリーエネルギーは語れません。

それを一言で言うと、重力につかまっているか、重力から自由になっているかで決まります。

重力の影響が少なくなるほど、フリーエネルギー現象は訪れるのです。場をいかに軽くするか、いかに無に近づけるか、、、、

私は子供のころから、女性の自然な集まりの中にいることに、独特の快適さを感じていました。一人はさやえんどうの皮をむき、一人は裁縫をしており、一人は隅で本を読んでいる、、、真中には果物やお芋などが置いてあり、時折お茶を飲みながら、それぞれがそれぞれの作業をしている、、、、お芋を取って宿題をしている子にあげている母や叔母、、、

何が話しの主題かもわからない会話の中には、ただただ自然さがあふれている、、、

私の子供時代にはそんな記憶がいっぱいありましたが、それこそがフリーエネルギーの原点である場であったのです。

強圧的なものが支配する場は、周辺場をつくるには強烈ですが、本当の力はありません。

なので、軍事による一方的な方向性は絶対ではなく、絶対でないどころかエネルギー本質から決定的にずれますので、実際には誰一人幸福にしません。

それで儲ける武器産業に携わる人ですら、結果的に不幸に落とし込むでしょう。誰一人幸福にしないのです。眼の前しかわからないからそんなことを平気でしてしまうのです。

フリーエネルギーは反重力に近い、重力から自由になれた時に訪れるものであり、場を強圧的に収めているところでは、あるものだけの限定的な世界であり、それ自体の持つエネルギーを亡くした時点で終わってしまいます。

空気で膨らんだ風船の口を開けるようなもので、すぐにエネルギーは枯渇してしまいます。

皆さんは私の考えを甘いと取られるかもしれませんが、事実だから仕方ありません。

皆さんが元気で生きていられるのは、強圧的な場の中で安泰を得ているからではなく、皆さんは忘れているかもしれない、皆さんはどこかで体験した安らかな場の思いによって、実は生かされているのです。

命を生かし、はぐくむものは、場にあります。場がなければ、エネルギーは訪れません。

そして、場を作る責任はすべての個にゆだねられているのです。そこをエネルギー空間にするのも、苦しい放出空間にするのも、あなた次第という選択の自由の中で私たちは生きているのです。

今の悲しい場の時代に、ある讃美歌を思い出しましたので、その歌詞を下記します。うろ覚えなので、もしかしたら間違っているかもしれませんが、おおまか、内容はあっていると思います。(讃美歌228番)
https://www.youtube.com/watch?v=HarhIhfrEv4

ガリラヤの風 かおるあたり あまつ御国は近づけりと のたまいてより いく千歳ぞ 
来たらせたまえ 主よ御国を

戦いの日に いこいの夜に 御国をしたう熱き祈り 捧げられしはいく千度(ちたび)ぞ 
来たらせたまえ 主よ御国を

憎み争い 後を絶ちて 愛と平和は四方にあふれ みむねのなるは いづれの日ぞ
来たらせたまえ 主よ御国を

by めい (2017-11-16 04:45) 

めい

引き続き、マドモアゼル愛さんです。
空っぽになるにはたえず自分自身を意識していなければならない・・・目からウロコです。自分自身を意識するのは空っぽでない証拠、と思っていましたから。
《空っぽになろう、、、と思った際に、何が大事でしょうか。それは、頭に入っていると、わかることです。今現在、私はこうしたことにとらわれて、頭の中をこうした思いが占有していると、わからなくてはなりません。/それが分かるのは、意識の働きです。自身を意識する目がないと、何が自身の中を占有しているかはわかりません。》!

   *   *   *   *   *

■ 頭も空っぽ、、体もからっぽ、、 2017年11月18日(土)

空っぽというと聞こえは悪いですが、エネルギーが入るということなんです。

フリーエネルギーは無が入口になるということは何度も語らせてもらっていましたが、空っぽは無、、、空っぽでなくてはエネルギーは入りません。

頭でっかち、、、論理好き、、、思惟こそすべてとの誤解、、理論も思惟も大切なものですが、エネルギーはそこからは入りません。

常に捨てる、、常に捨てる、、、感情も思惟も思いも常に捨てながら生きる、、、

すると元気になってきます。

元気でないのは、常に頭で何かが動いているからです。

外界と私達が触れるとき、私達は必ず、外界に反応します。反応は自然ですが、反応の中に執着やこだわりが生じると、頭はそのことでいっぱいになります。

空っぽになりません。なので、疲れます、エネルギーが入らないからです。空っぽでないと入らないからです。

では、空っぽになろう、、、と思った際に、何が大事でしょうか。それは、頭に入っていると、わかることです。今現在、私はこうしたことにとらわれて、頭の中をこうした思いが占有していると、わからなくてはなりません。

それが分かるのは、意識の働きです。自身を意識する目がないと、何が自身の中を占有しているかはわかりません。

無意識に占有されていることが多すぎる人間。なので、疲れます。

エネルギー不足で疲れるわけです。

ああ、今、自分はこうしたこだわりを持った、、、ハイ捨てる、、今、こうした思いが不安となってきている、、、ハイ捨てる、、

常に自身が意識されていれば、何が自分の中を占有しているかがわかり、すぐにそれをストップさせ、無効化することが比較的簡単にできるようになります。

要するに、常に体も心も頭も空っぽにしておくことが大事なのです。これが、最終のエネルギーワークと言ってもいいでしょう。

無からしかエネルギーはやってきません。無にすることです。それには自身を意識的に見つめている必要があります。わかったらそれを手放すことは簡単です。

これがエネルギーワークであり、本当のエネルギーを得る方法でもあります。

これを突き詰めると、凄いことになると思います。起こっている現象には、何ひとつ意味がないことになるからです。

受け止めたことを常に捨てていくのですから、瞬間とそこに付帯する時間を味わうだけで、あとは捨てるのみ。

結局、どんな体験でも、価値あるとか、価値ないとかを超えて行ってしまうわけです。

すべては捨てるもの、、、なので、何を体験しても、体験した喜びだけで、それも捨てますから、結局は、もう生まれ変わる必要もなくなるはずなのです。

捨てれば、輪廻があるとしても、それを乗り越える方法になります。これしかないわけです。

瞬間を体験したら、あとは捨てる、、、捨てれば、無と私は一体となる、、、無からしかエネルギーはやってこない、、、大元の無と一体となることが、捨てる、、、空っぽ、、、ということになります。

と言っても、原理がわかっているだけで私もまだまだよくわかりませんが、原理は明快にわかります。これ以外にないはずです。

早く、色々な宗教は遠回りなどせずに、これを言ってくれればよかったのに、、、とつい思ってしまう。

無になること以外、エネルギーは入らないし、無になること以外、この世の現象の意味を理解することはできない。

あの人嫌い、、、あのひといや、、、、不愉快、、、頭をそうした思いが閉めたら、長引かせないで、捨てる、、、ただそれだけのこと。

そのためには、あの人嫌い、、、と思ってこだわっている自分を意識できなくては不可能。意識的に自身を見ることで、何にこだわって止めているかがわかります。そうしたら、次は選択の問題ですので、捨てるを選べば良いだけなのです。

それで、この世のあらゆることから私達は自由になれ、救われるわけです。簡単な原理なのです。

皆さんも今から実践してください。エネルギーが満ちてくるはずです。寝て無になることでかろうじてエネルギーを得ている私達ですが、生きることで、無となって生きることで、数倍のエネルギーを得られることになります。

そして、人が生きる本質の意味も理解できる可能性が出てきます。

by めい (2017-11-21 06:18) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。