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「紅花染め教室」(1) 紅花うんちく [紅花]

01-DSCF6632.JPG一昨日(24日)公民館主催の「紅花染め教室」で講師を務めてきました。9時半からの開始で午前いっぱい、たっぷり時間があるので、染め実習だけでなく紅花についてちょっと話してみることにした。

 

まゆはきimg_1_m.jpg佐藤屋まゆはきmayuhaki1.gif最初に思いうかんだのが「まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花」という、芭蕉が尾花沢で詠んだ句。山形佐藤屋の銘菓「まゆはき」によってこの句は広く知られる。どんな意味かは深く考えもせぬままなんとなくなじんできた句だが、あらためてこのたびわかった。rgbまゆはき9b01c58b311e1e0194ff1e966674c72f-300x290のコピーのコピー.jpg「まゆはき」は、顔におしろいを塗ったあと、まゆについたおしろいを払う刷毛のこと。それが紅花を思い起こさせる。納得。一面に咲きそろった紅花ではなく、ちょっとずれて咲いた「一つ咲き」を見ての句ではないかとどこかにあった。だれか女性を連想していたのは、この時詠んだもうひとつの句「行く末は誰が肌ふれむ紅の花」からもわかる。「俤」の言葉がいい。 

 

私にとって、紅花といえば鈴木孝男の名が思いうかぶ。紅花を今日あらしめた人である。(今「鈴木孝男 紅花」で検索すると最初に全く別人が出てきて驚いた。河北町で紅花染めをやっている人で、私にとっての「鈴木孝男」とは同姓同名の別人。)今でこそ山形と言えば紅花だが、戦後ずっと紅花は忘れられた花だった。昭和29年に山形県の花にアヤメとコマクサを制して紅花が選定されたが、それは「各県に残る珍しい花」という選定基準のひとつに合ってのことだった。鈴木孝男氏が昭和50年代に自歴を記したリーフレットが手元にあった。戦後紅花復活史として貴重なので写しておきます。

 

*   *   *   *   *  

◎紅花研究のあゆみ
昭和26年・上杉鷹山時代の染色について調査。
     ・紅花の故剔 東根市より紅花の種子200粒を見出し、増植頓に励む。
  28年・紅花に含む色素の抽出法と伝統的紅染の原理を確立す。
  30年・米沢市上杉神社にのこる上杉謙信所用の、服飾調査に訪れた現多摩尨術犬学教授山辺知
先生の激励を受け、先生のご指導のもと現在に至る。
  31年.「紅花の栽培と紅花応用絹浸染法」について、文部省科学研究助成金の交付を受く。
    ・米沢独特の先染め織物に、紅花を応用すべく原糸製造(養蚕)より染色製織の一貫工程について研究を開始。
  32年・紅花餅の作り方を精細に記録する日本でただひとつのこされた「紅花絵巻」を発見。
     (所蔵、東根市武田重郎氏)
  33年・米沢市で開催された冬期国体にお成りの高松宮殿下に「紅花染スキーペナント」「紅花研究記録写真集」を献上。
    ・指導する米沢二中香華クラブ紅花研究作品が第2回日本学生科学賞「学校賞」入賞。
    ・紅花絣製造を保存する運動開始。
  34年・米沢市にお或りの皇太子殿下に紅花染「テーブルセンター」を献上。
  35年・紅の「ろうけつ染め」の研究或る。
    ・紅の「しぼり染め」の研究或る。
  36年・紅の「型染」の研究或る。
  37年・紅花染について文部省科学研究肋或金の交付を受く。
    ・郷土の染草「紅花」、「藍」を用い各種の色の発現に成功。
  38年・紅染の褪色防止法を完成。
    ・紅の引染を完成。
    ・東京友禅作家と共に「紅の友禅」研究開始。
    ・指導する米沢二中香華クラブ紅染研究作品が第7回日本学生科学賞「学校賞1位」に入賞。
  39年・香華クラブの紅染作品が皇太子妃殿下のご所望にあずかリ「紅の紬」を献上。
    ・東宮御所に紅花の種をまき、紅花についてお話し申し上げる。
  40年・皇太子妃殿下より御下賜の生糸で,紅と藍の重ね染による帯を製織し献上。
    ・東宮御所において皇太子妃殿下に紅染の実験。ご説明申し上げる。
  41年・紅花研究所設立。
    ・食品着色剤としての紅の研究開始。
    ・第13回日本伝統工芸展紅花染手紬着尺入選(染色担当)
  42年・明治100年を記念し,紅染めの打ち掛完成。
    ・板締めの紅絣完成。
  44年・蔵王にお成りの皇太子殿下に「紅染絞りふくさ」を献上。
  47年・インターハイにお成りの皇太子、同妃両殿下に「糊防染による紅染ふく紗」「紅染絞り帯揚げ」を献上。
    ・皇太子妃殿下のご所望により「紅染の染法について」の実験書を献上。

  48年・「紅花の発色法」について特許を得る。
  49年・「紅色素抽出法」について特許を得る。
  51年・紅の手摺込かすり糸使用「紅花紬」完成。
  52年・紅染手すき和紙の染法完成(山村精氏の協力)
    ・東北電力株式会社企画、紅花研究所製作協力、映画「紅花はいま」完成。
  53年・紅花染「すかし綴り」着尺完成。
 

 

*   *   *   *   *

 

村山での本格的紅花栽培は、16世紀後期最上義光の時代あたりかららしい。後に「最上紅花」としてブランド化する。置賜でも栽培されるが、置賜は直江兼続による越後からの栽培技術移入によりむしろ青苧に重点があった。このあたり、ネットでわかる貴重な情報もある。昨日の朝は早田茂松著『紅花入門 紅花は咲いている』に一通り目を通すことに費やし、今また白澤恵一論文紅花文献解題 置賜地方の生産分布を中心にして」に目を通すことになった。そしてその出処をたどって、「紅花の歴史文化館」を発見。《「紅花の歴史文化館」は、山形大学附属図書館及び山形大学附属博物館で所蔵する紅花関係資料を中心とし、山形県内外の紅花関係情報の調査とデータベース化を図り、わかりやすい解説とともに情報発信する電子資料館です。》とある。そこに紅花関係図書一覧があった。その充実ぶりに驚いたところで今日はここまで。(つづく)


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コメント 1

大川公一

初めまして。栃木県で藍染めをしております大川と申します。紅花染の鈴木さんについて書いてあるものを探したところ、こちらのブログにたどり着きました。私のブログでも紹介してしまいまして、事後承諾になりますが、何か不都合あれば直しもsますし消しもします。どうかご指摘ください。宜しくお願いします。
http://kon-yu.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-2ce23f.html
by 大川公一 (2020-06-28 16:37) 

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