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出羽三山開祖蜂子皇子御尊像拝観記 [神仏混淆]

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9月25日、熊野大社神道会主催の蜂子皇子御尊像拝観旅行に参加してきました。総勢21名、日頃から身近かで気心の知れたメンバーが多く終始和気あいあい、出発間もなくからのアルコールの勢いも手伝って楽しく賑やかな一日でした。昼食時に「ケネディ大使、27日米沢へ」のニュースが飛び込んで、その対応にバタバタさせられましたが、それも忘れられないいい旅として思い出に残るためのアクセントになると思います。
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宿坊の並ぶ手向(とうげ)地区に着いたのが9時半前。事務局でプランナーのOさん、時間計算を間違えていたようで1時間ほど早くついてしまいました。待ってるはずだった案内役の神林さん、あわてて車で駆けつけます。
20年以上前に2446段という石段を登って参拝したことがありましたが、今回はマイクロバス1400円の羽黒山有料道路で一気に神社境内へ。そのため国宝五重塔はパス。
案内役は宿坊で単独宗教法人格をもつ三山大愛教会の三代目神林さん。教会を設立した初代、神林茂丸さんが平成15年に亡くなって、県職員から転身して坊としての仕事を引き継いだそうです。年間60日は栃木、茨城、福島にある羽黒講をまわる営業活動。毎年1000人ぐらいの宿泊客を受け入れるとのこと。昼食に先だって教会でお祓いしていただいた2代目のお父さんは元羽黒高校の先生です。
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商売柄、やはり幟に目が行きます。34の院と坊の名が記されています。いずれも宿坊を営んでおられる山伏の家柄と思われます。
午後からは晴れに向いましたが、午前中小雨模様で時折強くなることがありました。全体が靄(もや)っています。神々しい中に法螺貝の音が響いてきます。
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まず蜂子皇子の墓に参拝。
石柵が巡らされた中に数本の木がそびえ立つこんもりした塚があるだけです。東北では唯一の宮内庁管理の墓地で、まだ未発掘とのこと。鉄の門には菊の御紋です。
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江戸初期羽黒山中興の天宥法印を祀る天宥社天海大僧正とも親しく、羽黒山を真言から天台に変えた天台宗僧侶で2446段の手積みの石段を作ったのもこの人。当時の殿様との領地争いがあって新島に流された悲劇の人とのことでした。その縁で鶴岡市と新島町は姉妹都市とのことです。
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末社が並んでいます。
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参集殿前の世界平和の塔に参拝します。江戸期まではこの台座には宝篋印塔(ほうきょういんとう)があったのですが、明治の廃仏毀釈で取り壊されたままになっていたところに、神林さんの祖父茂丸さんが奉納されたものとのこと。丸い地球の青い線は日本人で亡くなった方、赤い線は日本以外で亡くなった方のそれぞれの御霊をあらわし、霊界ではお互い交わりあって手を結び平和な世界に導いてくれるようにとの願いが込められています。地球の上には、蜂子皇子を羽黒山に導いた三本足の八咫烏(やたがらす)が載っています。
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日本で4番目に大きい梵鐘。鎌倉時代、元寇に際して鏡池前で羽黒山伏が祈祷したところ、鏡池に棲む龍神様が大空に昇り、九州に神風を起こして元軍を撃退したところから、鎌倉幕府からその御礼として賜ったとのこと。神仏分離にも金属供出にも生き残って、現在国の重要文化財。
参集殿から入って合祭殿で正式参拝。この間撮影は控えました。わが宮内熊野大社とはすべてスケールが一桁ちがいました。昇殿して背に鈴を当てて転がしてもらうお祓い、一瞬驚いたが気持ちよかった。
もうひとつ驚いたのが正面頭上の扁額「三神合祭殿」がなんと副島蒼海公の書であったこと。鶴岡に蒼海公の書が多くあると聞いていたが、庄内と縁深い西郷南洲との関わりの故だったようだ。拝殿内では撮影がはばかられたのであらためて外から撮ったのがこれ。
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この写真でははっきりしないので、Rico's Room2さんからお借りしました。
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そしたらRicoさん、酒田の方で斎藤染工場さんと懇意で斎藤さんの手拭染めの工程を紹介してくれていました。斎藤さん、どんな染め方をやっているのかと知りたく思っていたところでした。思いがけなく縁はつながってゆきます。

本殿参拝を終えると御礼の意味も込めて御先祖に参るために霊祭殿に参ります。
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1本500円の先祖供養風車が雨模様の中で彩りを放っていました。
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鏡池前で参拝する山伏さんの姿が見えました。
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龍が棲む鏡池です。
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鏡池前から本殿を望んだところです。
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いよいよ蜂子皇子御尊像参拝です。お祓いを受けて社内に入ります。
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そもそもこの御尊像は江戸初めまでは五重塔に安置されていたのが、天皇の御子たる皇子の御殿がないのはいかがなものかということで、元和5(1619)年に御堂が建立され安置。文政6(1823)年に仁孝天皇より照見大菩薩の諡号(しごう)が送られ広く拝観されてきたのですが、明治の廃仏毀釈による仏像破壊の嵐の中で、破壊を免れるため堂宇の奥深く隠されて140年がすぎたのだそうです。このたび東日本大震災復興を願っての御開帳とのことで、9月末までが10月末まで1ヶ月延長されたようです。
少々近眼でもっとはっきり見たくて何人かのメガネを借りて試したのですが、みんな度がきつくてかえってぼやけて、結局自前の目を凝らして拝ませていただきました。ふっくらとはしておられるものの温顔とはいえず眉間にしわを寄せておられるように見えたのですが。たしかにおなじみの蜂子皇子画像とはちがいますが、まったく別人ではないようにも見えました。双眼鏡を持っていけばよかった。

拝観を終えて山を下り昼食会場の三山大愛教会に入ります。宮司さんにお迎えいただきました。雨の水滴で曇っています。
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御祓い御祈祷を受けて精進料理をいただきました。ここでも鈴の洗礼を受けました。
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栃の実入のあんこ餅とお雑煮がメイン。ふたのあるお椀の中はぜんまいと鳴門状揚げ豆腐の煮染め。くるみ豆腐。スギワカエ。ジュンサイの酢の物。つけもの。二の膳は、イタドリ。わらび。マメ。おひたし。酒はどんどんついでいただきました。宮司さんと禰宜さんによるありがたい接待ですっかりごちそうになっていい気分のところで、「ケネディ大使、27日米沢に」の報が届いたのでした。

羽黒山の参拝を終えて加茂水族館(クラゲドリーム館)へ。
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平日とはいえ、結構な賑わいです。平日でも1万人とか。ケネディ大使の報があとを引いていてゆっくり観覧とはいきませんでしたが、クラゲの遊泳は見ていて飽きません。これならきっとリピーターも多いはず。入館料、均し500円にして1万人で500万円。年中無休とのことで360日としてなんと18億円。入札不調のまま予定価格うなぎのぼりの鶴岡市の文化会館建設可能なその理由はここにあったかと得心しました。

34-DSCF2258.JPG竹さんです。
帰途へ。晴れ間が少しずつ広がり、車窓から鳥海山を望むことができました。
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運転のMさん、おつかれさまでした。
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