徳洲会問題、能宗氏が出した結論(週刊ポスト) [徳田虎雄]
「トラオ」の著者青木理氏による能宗氏インタビューの記事が「週刊ポスト」(11/22号)に載った。
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「理事長(徳田)は本当に魅力的な人でした。たぐいまれな行動力と実行力で、不可能を可能にしてきた。でも、変わってしまったんです。いまの理事長は、むかしの理事長じゃない。もう別人なんです。私にとってみれば、”徳田虎雄2号”みたいな感じのね・・・」
「最初におかしいと思ったのは、あの選挙(毅がはじめて立候補した05年の衆院選)です。理事長と徳州会のために尽力してきてくれた方が、理事長の勧めもあって亀井(静香)先生の国民新党から出馬したのに、徳州会は毅さんの選挙運動に集中して、ろくな支援もしないまま落選させてしまった。以前の理事長なら、そんなことは絶対にありませんでした。息子の意向なんかお構いなしに同志を全力で支援したはずです。でも、同志を見殺しにし、かわいい息子に肩入れしてしまったんです。」
「家族が大切な気持ちは分かりますが、むかしの理事長はそのあたりのバランスが絶妙だったんです。ファミリーだけに肩入れするようなことは絶対になかった。」
「無理もないんですが、やっぱり病気のせいだと思います。元気だったころの理事長は回遊魚みたいな人で、じっとしているということができず、必ず現場を走りまわって判断してきました。現場にいって、頭で考えていることと違うと思ったら、まったく違う結論を出す。五感で判断するのが理事長の真骨頂で、その判断感覚が抜群だった。でも(ALSという)病のために動けなくなって、頭で考えざるをえなくなった。そうすると、家族のことなんかが気になるようになったんです。」
決定的だったのは11年の12月、徳洲会の幹部会で能宗と数人の幹部が徳田やファミリーの意向に真っ向から反論を展開したことだったという。
「あれを理事長は私たちのクーデターだと受け止められたようです。」・・・「いっそのこと部屋に私を呼びつけて、叱りつけてくれればよかったのに・・・。私が本当に寝首をかくと、そして理事長の決定に従わないと考えていたんでしょうか」
「・・・徳洲会が離島や僻地の医療を担ってきたのはすごいことだし、これは絶対にいじしなければならない。それに徳洲会の中には理事長の純粋な理念を引き継いだ先生たちが結構いるんです。理事長は退任を表明し、ファミリーも経営から外すとおっしゃっているようですが、院政を敷くようなら何も変わらない。これをきっかけに、徳洲会は時代に合わせた組織改革をするべきなんです。」
「私も(徳州会)の負の部分、もっといえば理事長の裏の部分を背負ってきた人間だし、今回の騒動の原因は私でもある。だから理事長にはこう伝えたい。『理事長、私たちの時代は終わりました。一緒に、身を引きましょう』と」
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私には能宗さんの思いがストレートに伝わった。能宗さんに曇りはない。能宗さんは何の作為も無く淡々と事実に即してありのままに語っておられると思う。
それにしても、思えば私がこのブログ「移ろうままに」を始めたのは、毅議員誕生がきっかけだった。2005-09-17「とりあえずのスタートです」に、毅議員に当選直後に出した激励メールとそれに対する毅議員からの返信メールを載せている。
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当選おめでとう!
24年前、お父さんの掲げる理念と行動に共鳴し、以来仲間と共に見守り応援してきた者として、無事後継へのバトンタッチを見届けた今、心底ホッとしています。 小泉流の欺瞞と力づくの政治が跋扈しようとしている今、「生命だけは平等だ!」を根底に据えた徳田理念を体現する政治家として果たすべき役割は重大です。決して政治の悪流に呑み込まれることなく、お父さんの志をしっかり受け継ぎ、真っ当な世の中の実現に向けて粉骨砕身頑張ってください。しっかり見守らせていただきます。 若さに驕ることなく、真の日本のリーダーとして成長されんことを衷心よりお祈り申し上げます。
(毅議員からの返信)
心温まる力強いメッセージをありがとうございます。 ご連絡が遅くなりまして申し訳ございません。
1ヶ月という短い期間ではございましたが、「愛郷無限」を掲げ、情熱、挑戦、まっしぐらにこの選挙を戦いました。多くの皆様にその信念というべき志が理解していただけたのではないかと思っております。 病床にある父、徳田虎雄の大きな志を引継ぎ、父のようなバイタリティ溢れる政治家として成長して参る所存です。
皆様から賜ったご支持、ご支援を国政の場で発揮し、医療福祉、年金問題、行・財政改革、地域活性化、外交、子育て支援、教育などを、常に困った人、弱者の立場から国のため、郷土のため、皆様のため一所懸命、課題に取り組んでいくことを誓っております。 どうか今後とも、叱咤激励をいただけますよう心よりお願い申し上げます。
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正直のところ、通り一遍で本人が書いたようには思えず、いささかがっかりした。能宗さんのインタビュー、すんなり納得した理由のひとつにこのことも加わる。毅議員には何度か会っているが、はっきり言って心は見えないままだった。行動の一貫性は、心の在りや無しやに関わる。政治に行動の一貫性など求めるのが無理、と言ってしまえばそれまで。なんとそういう輩の多いことか。「政治の悪流」という。毅議員、そこに呑み込まれてしまったか。政治の世界では同志への裏切りなど日常茶飯事などと嘯(うそぶ)くのであれば、私の求めるものからは最も遠い。父徳田さんには、そうあってはならぬこだわりが頑としてあった。
能宗さんの発言は、おそらくそのまま徳洲会問題の(内部必然的な)ひとつの結論を出しているように私には思える。しかし、徳洲会問題は別の重大な問題を世の中に投げかけている。それについては改めて書かねばならない。
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