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「デカルト的呪縛」からの解放 [思想]

4年前、平成14年2月21日に正気煥発板に書いたものを転載しておきます。
私が大好きな川喜田二郎氏の一文も入っていますので。

(転載はじめ)

「構造改革」とセットで語られる「努力したものが報われる社会」という言葉に違和感を感じます。いま「努力」というとき、朝から晩まで働く勤勉さを意味しない。そうやっていても首を切られるときには切られてしまう。夫婦、家族、さらに親族まで巻き込んで身を粉にして働いてきたのに、今いよいよ厳しい状態に追い込まれている自営の友人も身近にいます。まっとうさが取り柄の友人です。時代の波といえばそうかもしれないが、結局、声を荒げて人を押しのけて進むことのできる人間が幅を利かすような世の中になりつつあるのではないか。祖父の代からの選挙地盤を受け継ぎ、「努力」とはあまり縁のなかったような小泉首相の口から出るその言葉は、いかにも白々しく聞こえます。

戦後、経済発展による基本的欲求の一応の充足は、「貧しさ」からの脱却と抱き合わせだった「上昇志向」からかなりの日本人を解放したように思えます。「一億総中流」となった時点で、「上昇志向」は、全体からすればごく限られた「野心家」に限られるようになった。「努力したものが報われる社会」の掛け声は、「野心家たれ」との叱咤激励とも聞こえます。果たしてそういう社会が「いい社会」なのかどうか。

ホッブズは言います。
≪戦争状態とは戦闘行為が行われている状態のみをいうのではない。争おうとする意志が示されていれば、それは戦争状態といえる。すなわち、戦争の本質は、《平和》へと向かう意志のない状態にある。それは、悪天候とは一度や二度の土砂降りを指すのではなく、雨の降りそうな日が幾日も続く状態をいうのと同じである。≫
≪各人の各人に対する戦争状態においては、正邪とか正義不正義の観念はそこには存在しない。共通の権力が存在しないところには法はなく、法が存在しないところには不正はない。力と欺瞞は戦争状態における二つの主要な美徳である。≫
≪戦争状態においては、各人が自分で獲得し得る物だけがその人の物であり、しかもそれは、それを保持しうる間だけに限られる。≫(「リヴァイアサン」第13章)

ホッブズによればそうならないための歯止めとして持ち出されたはずの「権力(国家意志)」が、今の日本では、経済のグローバル化にあわせて、むしろその歯止めを取り払う方向に動き出している。ホッブズが「観念」として想定していた社会を「現実」化しようと躍起になっている。「いい社会」とは、こうした方向とは対極にあるのではないでしょうか。

以前も引いたような気がしますが、「あー、この感覚なんだ」と気づかせてくれた文章があります。川喜田二郎著『「野生の復興」デカルト的合理主義から全人的創造へ』(祥伝社 平成七年)の終章です。

  *   *   *   *   *

・・・・・管理社会の中で育った個人主義者は、他人を押しのけてでも自分が上に立ちたいという権力欲の虜になりがちである。親子・夫婦・友人たちとの、もともと持ち合わせた素直な人間らしさよりも、この権力欲を最優先する。そうして、それがもともとの偽らない人間性だと信じ込みたがる。
・・・・・文明の毒気に当てられてもけっして崩れない、鍛えられて逞しい素朴人を、いかにして育て、保護するか・・・
・・・・・(自分にとって未知なひと仕事を、白覚的に達成することによって、人の心は)この世が瑞々しく見えてくる。青春が甦る。
 馥郁たる香りがどこかから匂い、万物に愛と不思議を感ずる。利己心も利他心も、それぞれが大切な大自然からの授かりものと感ずる。どんなに状況が変わっても、その状況の中で主人公でいられる。しかも「私は山川草木のひとつである」という、言いしれぬ謙虚さを覚える。
 自分のことを、ごく当たり前の人間だと感ずる。たとえば、死ぬことはひじょうに怖い。なぜなら、もともとそう怖れるようにこの世に送り出されたからである。ただ、死ぬのは怖くても、そのくせあまり生命に執着していない。   
 それはどうやら、自分が死んでも、私を包んでいた大きな伝統体は、まだまだ生き続けていてくれるからである。
 なんと、これが安心立命というものに近いのかもしれない。
 ただ、私が今ハッキリ言えることは、誰もがあのヘゲモニズム(常に他より上を目指してやまない覇権主義)の地獄から抜け出し、それぞれに安心立命を得た方がよいということである。
 このような内面体験の一つの大きな特色は、もはや「自我」という固い観念の穀を内側から叩き破って、広い世界の自由で新鮮な空気を深々と呼吸していることなのである。
 「自我」ではなく、知・情・意いずれをも備え、肉体そのものである「己れ」として生きている。
 しかもその「己れ」は、そう自覚した方がよい場面でだけ存在するのであって、それが必要でなくなったら、いつでも「己れ」を退場させてしまう。つまり「己れ」は実体ではないのであって、方便として存在するだけなのである。     
 眠くなったら、「己れ」などなくなってしまう。仕事に打ち込んだら無我の境地になる。彼女に首ったけになったら、我を忘れる。何かの使命を感じたら、献身をも恐れない。こういったことは、誰でもよく知っているではないか。
 ならば、それを正直に受け容れたほうがよいのではないか。        
 文明は不幸なことに、方便としてしか存在しない「自我」という観念を、何か固定した実体のように錯覚させてしまった。そうして、それによって、一方では「自我」の消滅におぴえつつ、他方では留まることをしらぬヘゲモニズムという奇形児を生んでしまったのではないか。

   *   *   *   *   *

私は、「戦後教育の見直し」の最終の射程を、「方便としてしか存在しない『自我』という観念を、何か固定した実体のように錯覚」してしまうこと、すなわち「デカルト的呪縛」からの解放まで考えたいと思っています。「デカルト的呪縛」に囚われて上の文章を読むと「宗教的」と言われる事になりそうです。

「大東亜戦争肯定論」に対して厳しい評価を下す「諸君!」の長尾龍一氏の文章読みました。
「長尾龍一」で検索して下の文章を見つけました。

   *   *   *   *   *

長尾龍一「リヴァイアサン」講談社学術文庫 1999.5.3
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 読書のよろこびの一つには、日頃漠然といだいている思いに明確な言葉を与えてくれることがあります。この「近代国家の思想と歴史」の副題を有する「リヴァイアサン」はまさしく、そうした一冊です。
 著者の立場は「はじめに」において次のように宣言されます。

≪世界の部分秩序である国家を「主権」という、唯一神の「全能」の類比概念によって性格づける国家論は、基本的に誤った思想であり、また帝国の「主権国家」への分裂は、世界秩序に責任をもつ政治主体の消去をもたらした、人類史上最大のあやまりではないか≫(p6-7)

 著者はこの立場をホッブス、ケルゼン、シュミットの三思想家によりながら、明らかにしてくれます。とくに、著者の最も共感できるケルゼンの思想は興味深く、かつ分かりやすく説いてくれます。
 著書は二部に分れ、第一部の「国家の概念と歴史」を読むと、「主権」や「民族」といった考えが、近代の国際政治の中で登場してきた新しい考えであることに、今更ながら驚きます。
 著者が引用するケルゼンの次の言葉は最近の愛国者、民族主義者、狂信者に聞かせたやりたいですね。たぶん無駄でしょうけれど。

≪未開人は特定の時期に、祖先の霊の化体したものであるトーテムの聖獣の面をつけて、ふだんは厳しく禁じられている行為を許される。これと同様に文明人も、神や民族や国家の仮面をつければ、私人としては小心翼々として抑制しなければならない衝動を大っぴらに満たすことができる。個人が自慢すれば軽蔑されるが、自分の神や民族や国家は公然と賛美することができる。ところが、これも自己の慢心を満足させているにすぎない。また私人としては他人を強制し、支配し、さらに殺すことはけっして正当化されないが、神や民族や国家の名のもとでなら、至上の権利としてこれらをなすことができる。神が彼にとって「我が」神であり、民族が「我が」民族であり、国家が「我が」国家である理由はまさしくここにある。彼は神・民族・国家を愛し、それと自己とを同一化しているのである。≫(p233)
http://www.iscb.net/mikio/9905/03/index.htm

   *   *   *   *   *

長尾氏も「デカルト的呪縛」に絡めとられている。それはそれで、「学問的態度」としては正しいのかもしれないが、生身を持って生きている「生活者」の感覚からは隔たってしまう。

≪現在「民族的自尊心の回復」を志すならば、日本国内のみで多少の支持者を見出しうるような議論ではなく、率直な自己認識の上に立ち、国際的に通用するものでなければならない≫(「諸君!」3月号)ことは一面真実であるにしても、日本人でなければわからない「わが国の歴史」というものがあるのではないでしょうか。

2月17日に神奈川板に、幕屋批判をたしなめるような気持ちで、次のように書きました。
≪われわれ支部では、平成11年の夏から昨年夏までは毎週一回、昨年夏からは二週間に一回、10人から15人ぐらいが集まって「推進委員会」と称する会合を開いてきました。常連の年齢は30代から80代まで、職業は千差万別、女性の常連は今のところ1名、支部の役職に関わりなく参加できます。そこで話される事は、「教科書運動」が柱にはなっていますが、その時々お互いが仕入れた情報を出し合ったり、また自分がどうしても言いたい事を披瀝したり、いつも2時間ぐらいがあっという間に過ぎて、名残惜しく散会となります。それはそれはいろんな方がおられて仕切り役として時間の調整に戸惑う事もしばしばです。わが県の教科書運動は一応その会合を中心に進められてきましたが、振り返ってみると、多数決をとったことは一度もありません。結構議論が対立する事もあるのですが、なんとなくひとりでに方向が定まってしまうのです。結果が採択ゼロだった訳で、方向が間違っていたといえば言えてしまいますが、全体の結果がこうだったわけで、県内にいろんな広がりと深まりができ、そして挫折することなくさらにこれからもやっていこうと続けている点では大筋間違ってはこなかったように思います。そこでは、お互いの言動や思想について問題にし、責め合うということは一度もありませんでした。最初からいろんな宗教や政党を背負っている事は承知の前ですし、苛烈な戦争体験をお持ちのの方もおられれば、戦後生まれの人間もいます。ただ、「このままの日本にしておいてはいけない」の思いは共通であり、「それではどうするか」の具体的手立てとしての教科書運動だったのです。そうしたわれわれにとって言えることは、「教科書改善」という具体的目標はあるけれども、それは言ってみれば海上に浮き出た氷山の先端部であり、その下には目に見えない多くの思いの集積があるということです。その多様な思い、そしてその思いから発する多様な言動のひとつひとつを「正しいか正しくないか」「気に入るか、気に入らないか」と問題にしていたら前には進めません。いろんな多様さに触れ合うことは自己相対化の機縁になります。他人への理解の度量が大きくなるということです。結果で評価される具体的目標を持ったわれわれの運動ではありますが、私はこの運動を基本的に「自己改革」の運動のつもりでこれまで考えてきましたし、これからもそうだと思います。≫

簡単に「自己改革」などと書いてしまいましたが、「自己改革」という言葉には、「わが事」の範囲をどこまで広げる事ができるか、ということが課題なのではないか、という気持ちを込めていたと思います。「デカルト的呪縛」からの解放はそのための前提です。

(転載おわり)

俵義文氏が「『つくる会』の内部抗争の歴史と今回の内紛」http://www.ne.jp/asahi/kyokasho/net21/top_f.htmを書いていると桜子さんが教えてくれました。それはそれとして、山形県支部はどんな気持ちで「つくる会」の運動に取り組んでいたかの一端をお分かりいただけるかとも思います。


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